フランスMBA&音楽留学体験記
コンサルタント歴9年の父はINSEADのMBA、バイオリン歴2年の娘(4歳)は音楽学校で学ぶべく2007年7月から約1年間フランスに行きます。一緒に渡仏する母と1歳の息子の4人でのフランス留学体験を書いていきます。


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自由の女神とエリス島
ニューヨークの観光ではやっぱり名所の自由の女神に行くことにしました。この前に立ち寄ったアイルランドの歴史を調べる中でたくさんのアイルランド人が移民としてアメリカに渡り、アイルランド系のアメリカ大統領が16人もいることも知りました。こういう移民がアメリカを作ってきたわけで移民のことを知りたいなと思っていました。それなら自由の女神をみてエリス島に行くとよいと言われたのでこれは行くしかないとなりました。

バッテリーパークからフェリーに乗って自由の女神のある島まで行って中に入ります。台座の部分は博物館になっていて、階段を上って台座の上で女神像のちょっとした辺りまでいくことができました。女神像の足元からマンハッタンを見たところで、子連れでこれ以上の階段は無理とあきらめて戻りました。

博物館を見ていると自由の女神は素晴らしいアートでもあり、ニューヨーク・アメリカのシンボルでもあります。これはフランスが寄贈したものですが、ドラクロワの”民衆を導く自由の女神”にも影響を受け自由をもたらす女神としてアメリカの建国の考えにもマッチしているのでしょう。

移民の目から見るとヨーロッパを離れてはるばる大西洋を渡り、ニューヨークに着いたときに最初に見えるのが自由の女神像です。僕たちは現代の飛行機を使って7時間以上かけてアメリカの陸地が見えた時に”いよいよ来たぞ!”とわくわくしましたが、当時の移民の人の気持ちはそんなものではなかったでしょう。小学生のころにはウルトラクイズのゴール地点ぐらいにしか思っていませんでしたが、自由の女神の新たな見方を知りました。

つづいてフェリーはエリス島に行きます。ここは移民の博物館があります。昔はここで移民を受け入れるかの審査をしていたそうです。98%はアメリカに入れたそうなのですが、2%は強制送還だったそうです。アイルランドにはじまり、イタリア、ポーランドなどの移民が多く来ておりさらに最近は中国も増えているそうです。

それにしてもこんなに移民を受け入れて作っていった国って世界でもないですよね。フランスやドイツでも移民は問題になっていますし日本でもこれから移民を受け入れを増やそうかという議論もあるようですが、アメリカのやってきたこととはスケールが違います。ヨーロッパの国はもともとそこに人々がいて権力や資産を持つ人が出てきて、その人たちの権力闘争の中で思想的なものが出てきて社会の仕組みとしての国家を作り、でもまた権力闘争や戦争によって国家の形が変わっていくということを繰り返しているように思いました。

これに対してアメリカは独立戦争で確立した理念に基づいて一貫して国を作っています。そして苦しみながらも建国後からこれほどの長い間この理念を守り続けた国はないのではないしょうか。世界各国の人を受け入れ、支配的なナショナリティはなくてそれぞれのバックグラウンドを尊重しているところはINSEADっぽくもありますが、これを学校のレベルではなく国家の規模で成し遂げたわけでやっぱりすごいです。

そんなアメリカも今は”Falling Empire”なのかもしれませんが、それでもすごいことをやり遂げたことに変わりはないと思います。実はアメリカは6回目の訪問でこれまででも通算すると半年ぐらいは滞在していたのですが、はじめてアメリカの歴史をすごいと思いました。(これまでは歴史は短くて深みのない国と思っていましたがこれも単純すぎる見方でした。)

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