フランスMBA&音楽留学体験記
コンサルタント歴9年の父はINSEADのMBA、バイオリン歴2年の娘(4歳)は音楽学校で学ぶべく2007年7月から約1年間フランスに行きます。一緒に渡仏する母と1歳の息子の4人でのフランス留学体験を書いていきます。


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就職活動の成果
50社以上に応募して苦労した就職活動ですが最後は日本に戻ってきてからいくつかの会社をまわり、結局のところは留学前の会社のニューヨークオフィスに行くことになりました。しばらく東京で働きながら準備を進めて年明けに渡米の予定です。

今回の就職活動ではまずはヨーロッパでの就職を目指してINSEADに集まる求人情報を分析してアプローチしましたがこれは狙ったような結果を出すことは出来ませんでした。理由としては企業側がMBAの学生に求める力が僕には不足していたことだと思います。年齢的なものあるのでしょうが、特に大きかったのは英語でのコミュニケーション力不足です。例えばロンドンの企業に応募した時にはイギリス人やアメリカ人・カナダ人のクラスメートと英語でのコミュニケーション力を比べられるとどうしてもかなわないですし、僕は能力不足と評価されたと思います。

途中からは日本企業やグローバル企業の東京支社に応募するととくにコミュニケーション面での状況は変わります。面接でも英語だと相手の言ったことを聞いて質問に答えるのに精一杯ですが、日本語だとこちらが状況をコントロールできることがあります。自分がいかに日本語や日本の文化に守られていたのかを実感しました。

ただ残念ながら昔からある日本企業ではMBAの採用には消極的な企業が多かったです。応募しても“事務職の採用はしていません”と回答をもらうことが多くありました。日本企業も外部から人材を採用するように変わって来たと言われてもいますが、まだまだ米系企業とは差は大きいですし僕にとっては有利な状況になるほど変わってはいませんでした。

それでもなんとかいくつかの会社と話が進み、内定をもらうことも出来ました。でもそうなった時にそれらの会社で与えられる仕事、具体的にはMBA卒1年生の仕事をやっていくことに”これって今の自分がやりたい仕事なのだろうか?”と疑問も感じました。

そこで自分を採用してくれる企業を探すのはいったん忘れて、自分がやりたい仕事を考えてみました。まず自分がやりたいことは経営に近い仕事でした。それもコンサルタントとしてプロジェクトベースで経営者のために働くのではなく、自分が経営するか経営者の右腕に近いところで仕事ができる環境がいいと思いました。そうなるとエスタブリッシュされた大企業ではMBAを取ったばかりの人間にそんなことは任せてくれないので対象外です。自分がかかわったことのない業界でもいきなりそんなポジションにつかせてくれることは難しいから対象外です。僕はIT系のコンサルティングをやっていた時期が長いので小さなコンサルティング会社やコンサルティング部門を作りたい・強化したいIT企業が主なターゲットになります。ここであれば自分がその事業でリーダーシップを発揮できる可能性が出てきます。

次に自分がやりたいテーマを考える必要があります。これがないと事業内容が過去にやっていたことをちょっとしょぼくしたものになってしまうので、他とは違っていてかつ自分が強みとしたいものを考える必要があります。そこで考えたテーマは企業のグローバル化です。企業のグローバル化もこれまでは本拠地を拠点にして外国に進出するハブ&スポークスのような形が多かったのですが、今はより多極化したマルチポラーシステムを取る企業が出てきています。あるヨーロッパのIT企業は本社はヨーロッパにありますが、新技術開発はシシコンバレー、その他のシステム開発はインド、マーケティングはニューヨークへと移しています。これからの企業は国籍に関係なく最も適した地域でそこでのリソースを活用していく必要があり、これを実現するための仕事をやりたいと思いました。これは特に日本企業が遅れている部分でもあるのでやりがいがありそうです。

そこでコンサルティングであれば自分の経験もあるので、この思いをコンサルティングメニューにしてどうやって顧客を獲得していくかも考えてビジネスプランにまとめました。事業会社に持っていく時にはそれようにまとめなおしました。INSEAD卒業式の前後に作っていたので旅行をしながらもなんだか半分ぐらいは仕事をしている感じでした。これを持って会社を回ってみると様々な反応があります。”それはうちの会社でやるのは難しい”と言われたり、”それもいいがまずは普通にMBA卒1年目のことをやって欲しいなぁ”というようなことを暗に言われたりとか。そんな中で一番真面目に話を聞いてくれたのが僕が留学前に働いていた会社でした。

僕のプランの実現可能性がないかを複数の役員で見て検証しおもしろそうだと評価してもらえました。また今は東京オフィスと海外オフィスとの連携強化が課題になっておりこの流れに乗って僕のニューヨークオフィス勤務の機会ももらえることになりました。僕としては自分自身がよりグローバルに通用する人材になる必要があるとも思っているのでこのニューヨーク行きは大歓迎でした。

企業が準備してあるポジションの中から探すアプローチをとっているときにはうまくいかなかったのが、自分のやりたいことをはっきりさせてからそれが出来る環境を探すようにしてからようやくうまく行きました。苦労しましたが何とか自分がやりがいを感じられる仕事を見つけることが出来てよかったです。

今後は東京に引っ越しをして家族の生活環境を整えて9月1日から仕事をはじめ、準備整えば年明けに渡米の予定です。仕事も決まりこれで留学もようやく終えて新生活に入れるめどが立ちました。ということでこの留学ブログもお終いにしようと思います。これまでお付き合いいただきどうもありがとうございました。


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INSEADで学んだ成果
”MBAに留学して何を得られるのか?”というのはMBA受験前や留学の前から常に考え続けたテーマでした。留学を終えたわけですがスーパーマンになれたわけでもなく、本当に何が得られたのかや価値があるのは何だったのか自分でもまだ分からない部分もあります。

実はINSEADに合格直後で入学前にキャンパスビジットをして授業を見学したことがありました。その時に思ったのは授業でやっている内容が思ったより簡単だということでした。留学前に9年間仕事をしていたのでビジネスのフレームワークや知識としては知っている内容が多いし、ここで授業を1年間受けたとしてもそれだけで特別なスキルを身につけられるわけではないなと思いました。

この印象は留学後も変わりません。コアの科目で扱う内容はグロービスなどが出版しているMBA本でほぼカバーされています。エレクティブになるとより専門的な内容も出てきますが、実際のコンサルティングプロジェクトではさらに踏み込んだレベルで議論をしています。もちろん短期間に体系的に知識をまとめるという意味では価値がありましたが、これだけではわざわざ留学する価値はないのではと思いました。

それで結局何が価値があったのかと考えるともっと抽象的なものになります。例えばグローバル感覚を磨けたとか。INSEADのクラスメートは世界各国から来ていてそれぞれの国が違うということが実感できました。世界には違う文化をもった国がたくさんあることとそこから来た自分とは異なるバックグラウンドの人と一緒にチームを組む練習ができたのは良い経験でした。それと僕にとっては海外に住むのははじめてでありフランス語も学んでフランスに住めたのは、これから自分が海外に出るときのよい練習であり、外国から日本に来ている人のこともより理解できるようになったと思います。

それと自分が経営者になれるかもしれないし、なってみたいという思いが強くなりました。ビジネススクールはビジネスリーダー、経営者になるための学校です。その教育を受け、経営者を目指す人たちと一緒に過ごし、実際に経営者になったアルムナイの話を聞くと自分にも出来るはずと思うようになりました。自分で会社を作ったり会社を買収したりということが不可能ではないと思いましたし、チャンスがあればぜひやってやろうと思いました。こういう可能性を見つけることができたのは留学前には考えてもいなかったことでした。

INSEADの1年間を終えてみてこれが将来にどう役立つのかはまだ分かりませんし、自分が何をしていくのかによって得られたものの価値も変わってきます。それでもやっぱり強烈な体験だったわけで、これが何かにつながるはずと信じてがんばっていきます。



2008年秋のINSEADアドミッションイベント
8・9月にINSEADの学校説明のイベントが東京で行われます。9月7,8日のイベントではINSEADのアドミッションのスタッフも来日しますので奮ってご参加ください。


卒業生によるINSEAD学校説明会
日時:2008年8月23日(土)18:00-19:30
会場:イフ外語学院 東京校
http://www.ifu.co.jp/seminar/school/

MBA Workshop September 2008
日時:2008年9月7日(日) 18:20-21:30
会場:大手町サンケイプラザ
https://www.agos.co.jp/onlineservices/modules/agendax/?op=view&id=1096&on=20080907

The MBA Tour-MBA Fair
日時:2008年9月8日(月) 16:30 - 21:30
会場:パレスホテル
http://www.thembatour.com/events/tokyo.shtml



ワイナリー巡りの成果・その2
ワイナリーをめぐって分かったのは娘のワインに関する才能です。最初はよく分かっていないようだったワイナリー訪問もある時期から一緒に一口ずつ舐めるようになり、しばらくするとこれはよい・いまいちといいはじめました。娘もブルゴーニュワインが好きなようです。

娘が大きくなったらちゃんとしたワインの飲めるいいお店に連れて行こうと思います。そして変な居酒屋に連れて行くしょぼい男にひっかかることのないように教育しようと思っています。



ワイナリー巡りの成果・その1
ブルゴーニュなどワインで有名な土地を何度も訪れて分かったことはワインは一大産業であり、ビジネススクールでならったインダストリーアナリシスや戦略のフレームワークでも十分にいろいろ語れる面白い世界です。

僕は何度も”ワイナリー”を訪問しましたが、このワイナリーにもいろいろなパターンがあります。ワインの製造・販売のバリューチェーンのうちどの部分を担うか、力を入れるかによってワイナリーの特色が出てきます。

まず、ワインの製造・販売は大きく以下の3つのプロセスで出来ています。

ブドウ栽培→ワイン醸造→ワイン販売

そこで求められる資産やスキルも当然異なります。

・ブドウ栽培
ブドウ畑を所有し、畑の手入れ・ブドウ栽培のスキルが必要

・ワイン醸造
発酵用のタンクや、樽・瓶詰めのための装置、ワインを保管する地下のカーブを所有し、醸造の状態を管理するスキルが必要

・ワイン販売
ブランドや販売用の店舗・販売代理店とのネットワークを持ち、マーケティング・セールスのスキルが必要


異なる資産・スキルが求められるので実際に見てまわるとバリューチェーン全体を自社ですべて実行するのは大変だということが分かります。またワイン販売に特化した流通業者もブルゴーニュに1,000以上あり、そのうち8大流通業者と言われるところだと自社で畑も持って生産しながら他の生産者のワインの流通も手掛けています。

小さいプレイヤーはバリューチェーンの一部に特化するパターンも戦略として有効で、ブドウ栽培に特化するパターンも良く見られます。ブドウ栽培は手作業の部分が多く後の工程と比べてスケールオブエコノミーが効きにくいので小さいプレイヤーでもよい畑とスキルがあればよいブドウを作れます。またワイン醸造まで手掛けるとキャッシュが入ってくるタイミングがブドウ収穫から数年後まで待たないといけないのも経営体力のないプレイヤーにはつらいところでその点でブドウ収穫後すぐに現金化出来るのはありがたいはずです。中規模の生産者だとぶどうの一部は自社でワイン醸造に使い残りを大手に販売しているパターンもあります。大手はこれを買い取ってワイン醸造・販売をメインに手掛けます。ここはスケールオブエコノミーが効きやすいのでこの戦略もありだと思います。

またCooperativeという協同組合もあります。ここはその地域のブドウを買い取って、醸造と販売を行います。これも小規模な農家が助け合ってやっていくための方法です。

日本に輸入されているワインはこの中でも大手の生産者・流通業者の扱うものがほとんどです。理由はわざわざ日本から買い付けにくる商社はある程度のまとまった量を買おうとしますが、一つの商社にまとまった量を販売できるのは大手に限られるからです。ブルゴーニュでも20-30%の生産者のものしか日本には行っていないのではないでしょうか。小規模なところは主にフランス国内のレストランやワイン好きな人などが買っていて、この人たちはワイナリーと昔からの友人だったりもします。

このように様々なプレイヤーがいるので最初は話をしていてもその人が何をしている人なのかよく分らないことがありましたが、この業界構造を理解するとどういう戦略のもとでワインに関わっているのかが分かってきました。


さてここまでの話は業界構造を分析しただけで、この状況の中でどういう手を打つかが重要です。生産者や流通業者によってそれぞれに戦略を立てることもできますが、ここは消費者としてどうやって自分の好みのワインを探して買うかに拘りたいと思います。

そこでまず自分の好きなワインですが、軽い・重いみたいなタイプの分け方だとシチュエーションによっては僕はどれでも飲みます。夏の暑い日にはすっきりした白ワインをガブガブ飲みたいし、肉料理だと重い赤ワインを合わせたり、チョコレートとあわせてデザートワインを飲むのも好きです。

何でもいいのかと思いながらうちに買ってきてあるワインを眺めて何か関連はないかと考えていると、僕は作った人の思い入れのある個性のあるワインが好きなんだということが見えてきました。僕の母親の実家は田舎の農家で、おばあちゃんが作ったお米・野菜・味噌を食べさせてもらったときのおいしさとおばあちゃんのうれしそうな顔が僕の好きな食べ物を決める原体験になっていることでした。

そうなるとワインの製造・販売の全工程を手掛けていて、かつ生産者の顔が見えて思いが伝わってくるような小規模なワイナリーで作ったワインが僕のターゲットになります。このタイプのワイナリーはきっとたくさんあるのでしょうが探すのは大変です。宣伝はあまりしていないし規模も小さく知名度も低いのでインターネットでも探せません。口コミか、片っぱしからまわってみるしかありません。でもそうやってやってみると3-4のワイナリーはよさそうでした。これはフランスに住まないと見つけられなかっただろうからINSEAD留学の一つの成果ですね。

日本ではワインは富裕層や知識層のステイタスと位置づけて飲んでいる人がいて、そのような人を毛嫌いしてワイン嫌いになっている人もいます。いつかそういう姿を脱してワインがおいしいお酒として普通に飲めるようになっていければよいのにと思いました。



娘の音楽教育の成果
ようやく日本に帰国しました。ここでこの1年間の成果をいろいろな観点で整理しておきたいと思います。

娘が1年間フランスで音楽の教育を受けてみて親子とともにいい経験ができました。フランスでもトップのバイオリニストでもあるガルシア先生には音楽で表現することを教わりました。いつも陽気な先生はバイオリンの技術だけでなくバイオリンを弾きながらもっと笑顔をつくるように指導され最初のうちはよく意味が分からなかったのですが、先生のコンサートを聴きに行くと全身を使って表現するというのはこういうことだと分かりました。僕にはまだ音楽だけを聞いてその人のメッセージを理解することは難しいのですが、普段のレッスンでのコミュニケーションとあわせるとなにかがつたわってきました。この先生に会えて音楽とは何かについてこれまでとは違う定義を持っている人に出会えた気がします。

日本人の先生にもとてもお世話になりました。日本の音大を出てフランスに留学しているぐらいだからバイオリニストとして優秀なのは当然ですが、子供に教えるのも上手で娘も大好きな先生でした。バイオリンの技術だけでなく日本とフランスの違いに戸惑っていたときにそれを橋渡ししていただくこともできました。音楽家とはどういう人たちなのかや音楽家になるためにどういう努力が必要なのかなどを教えてもらえたのも今後の参考になりました。

それとフランス各地やヨーロッパのいろいろなな国でのコンサートに行ってみてクラシック音楽がより身近な音楽として楽しまれていることが分かりました。コンサートホールで行われるオーケストラのコンサートだけでなく教会、フォンテーヌブローのシャトーや公園のコンサートなどいろいろ行きました。フォンテーヌブローのような田舎の町でもとてもレベルの高いコンサートが行われています。

ヨーロッパ・フランスの人たちにとってのクラシック音楽が日本でのクラシック音楽のイメージとは違っていて、そのフランスの中で1年間過ごせたことが収穫でした。演奏技術であれば日本でも世界のトップを狙えるのかもしれませんが、それ以外の部分については日本のアプローチをヨーロッパでは評価されないように思いました。僕にとっては留学前は最も縁遠い世界だったアートの世界で生きている人と話をして仲良くできる人ができたことや、音楽を楽しめるようになれたことは大きな変化でした。



バンクーバーの日本食
バンクーバーではマクドナルドやサブウェイなどのアメリカのファーストフードチェーンもたくさんありますが、同時に日本食も含めたアジア料理がたくさんあります。しかもこの日本食のレベルが高い!寿司、天ぷら、揚げだし豆腐や餃子なども日本のファミレスぐらいのレベルにはあり、値段も1,000円ちょっとぐらいでお腹いっぱい食べれて手頃。

ここにはたくさんの日本人やアジアの人が来ているからでしょう。町を歩いていても日本人がたくさんいますし、現地人っぽい人に英語で道を聞いたら、現地在住の日本人ということもありました。(最近は金持ちの中国人にとっての人気の移民先でもあるそうです。)地理的に日本に近いということもあるのでしょうが、過去にこちらでたくさんの日本人ががんばってきた結果なのでしょう。これだけ日本が受け入れられている外国があるのかと勇気づけられました。

文化的にも距離的にもだいぶ日本に近づいてきたところで、いよいよ明日は本当に日本に帰ります。



カナダのワイナリー&缶詰工場博物館見学
バンクーバーの隣町であるRichmondにはワイナリーがあり、せっかくなので行ってきました。コンサートに続いてワイナリー訪問ということでフランスにいたころとやることが変わりませんが、これが趣味だし欧米の違いが見れて面白いかなと思っていくことにしました。

ワイナリーに行って驚くのがそのラインナップです。ブルーベリー、クランベリー、パッションフルーツなどで作ったワインが並び、ブドウで作ったのはアイスワインのみです。アイスワインはブドウの実が凍るような時期まで収穫を遅らせて、糖度が濃縮されたブドウで作ったとても甘いワインです。

なんでこんなラインアップかというとこれがこの地域の気候に合っているからでしょう。日照時間や気候を考えると赤ワインは作れないし普通の白ワインにするよりもアイスワインのほうが特徴が出せるでしょうし。ブルーべりーとかのフルーツはヨーロッパだと普通に食用でデザートに使うことが多いのですがワインにはしないので、アメリカ・カナダ人だからこそ思いつくことなのでしょう。味はまあ面白いのですが、問題はどう使うかですね。赤ワインや白ワインのように肉や魚の料理とあわせるのは難しそうなので、食前酒かデザートにあわせるとかカクテルに入れるとかするとユニークなものが出来るかも知れません。

最近になって中国系の資本が入り、日中韓マーケット向けの輸出を強化しているそうです。アイスワインのような甘いワインはアジア人に受けることが多いので、アイスワインで勝負するのは効果的なアプローチだと思います。結果もうまくいっているようで、いきなりこの地域では有力な輸出向け製品を持つ企業になったそうです。こんなワインづくりもあるのかと驚きました。


その後Richmondの先にあるフィッシャーマンズワーフに向かいます。ランチは新鮮なシーフードをと思うのですがそれらしきものはなく、フィッシュ&チップ(魚のフライにフライドポテト)にクラムチャウダーという普通に街中で食べれるメニューになりました。でもこの地域のレストランはみんなこれを売りにしているのでこんなものなのでしょう。

ランチの後には缶詰工場博物館に行きました。この地域は昔はカナダらしく鮭がたくさん獲れたので、これを保存するための缶詰工場が今は博物館になっていました。当時からの漁の様子や鮭の缶詰の製造工程を見学します。息子は漁船に、娘は製造工程にそれぞれ興味を持って楽しい見学になりました。Richmondはこのあたりでは有力な漁港だったそうですが鮭が中心で鮭の話でおしまいでした。

このあたりは築地市場のようなところを期待していたのでちょっと残念。でもカナダのローカルの食文化に触れることができておもしろかったです。



バンクーバーの美術館
ヨーロッパに行ってからはまっている美術館まわりの続きで、バンクーバーの美術館も行ってきました。薦められたのがVancouver Art Galleryです。

www.vanartgallery.bc.ca

この時期は特別展で”KRAZY! The Delirious World of Anime + Comics + Video Games + Art”というのをやっていました。最初はアメリカの新聞の四コマ漫画のようなものからはじまるのですが、途中から日本の漫画、アニメ、テレビゲームが展示されています。

もう日本が誇るコンテンツ満載で日本の文化紹介のようです。美術館の展示なので漫画やアニメのストーリーを全部紹介するわけではないですし作品も僕の知らないものばかりですが、アートとして見てみるとなかなか味がありました。もう漫画・アニメはアートになってしまったのだと驚きました。子供のころに“漫画やテレビのアニメやテレビゲームばかり見ているとバカになる”と親に怒られましたが、今なら”アートを鑑賞している”と言い返せるかもと思いました。

その後カナダの女性画家の絵画の展示も見ましたが、カナダの自然とそこにいる人々を描く感じに独特のものがあり楽しめました。

バンクーバーまで来るとヨーロッパの絵画が展示されているわけではなく、日本文化紹介とカナダ・アメリカの作品の組み合わせがみられるまったく異なる雰囲気の美術館で遠いところまで来たのだなと思いました。同時に日本が近づいてきていることも感じました。



バンクーバーのコンサート
ちょうどバンクーバーに滞在している時期にFestival Vancouverという音楽祭のようなイベントがおり、たくさんのコンサートが行われていました。テーマは”Classic, World, Jazz”でWorldは南米が多いようですがアフリカ、アジア、北欧なども出てきてかなり多彩です。

http://www.festivalvancouver.ca/

そんな中でクラシックのピアノのコンサートに行ってみました。演奏はニューヨークのジュリアードで学んだあとに演奏家として活動し現在はバンクーバーのトップの大学でも教えているピアニストで、レクチャーとその間に演奏もしてくれます。テーマは”アメリカのクラシック音楽の作曲家”です。

そのピアニストは20代後半のころにある作曲家から”音楽とは何か?”と問いかけられたそうです。このピアニストはその時にはいろいろと難しい技術論を展開したが作曲家は”音楽とは歌と踊りだ”と答えたそうです。心の底から湧き出てくる感情を歌と踊りで表現することが大事だそうです。そしてそれぞれの人によって感情を表現する歌と踊りは違います。ドイツやイタリアの人とアメリカ人では違うでしょう。それがアメリカ人の作曲家の音楽につながります。アメリカの作曲家の曲をいくつかピアノで演奏してくれましたが、ジャズなどの影響を受けたのかヨーロッパでは聞いたことのない音楽でした。

アメリカで作曲家というとやはり代表はガーシュウィンです。彼もピアノや室内楽の曲だけでなくミュージカルや映画の曲も作曲しているアメリカっぽい人です。代表作はラプソディーインブルーでジャズとクラシックを融合させた曲と評価されてもいます。のだめでも出てきましたし僕も好きな曲ですがやっぱりヨーロッパでは出てこない音楽です。ヨーロッパでも20世紀や現代の作曲家の音楽も聞いてきましたがアメリカとは違う方向に進んでいます。

作曲家との関係については作曲家の作曲した時の状況や感情を理解してそれを表現することが大事だと言っていました。生きている作曲家の曲を演奏するときには作曲家といろいろと議論し、時には自分の好きなように演奏できないので大変だと言っていました。ここまではヨーロッパでも一緒ですが違いは古い作曲家の曲に対するアプローチです。”もう死んでいる作曲家は直接いろいろ注文してこないから楽です。調べるのもWikipediaとか使えばいいし。”と冗談ぽく言っていましたがそんなことをヨーロッパで聞いたことはありませんでした。うちの娘がモーツァルトが好きと言った時には”技術的には弾ける曲もあるけどモーツァルトを上手に弾くには恋愛をしないといけない。それもドロドロの恋愛のほうがいい。だから5歳だとまだ早いかな。”と言われました。

バンクーバーでクラシック音楽のコンサートに行けば欧米の比較ができて面白いかなと思って行ったのですが、アメリカとヨーロッパのクラシックは違いすぎました。同じ曲を同じレベルの技術の演奏家が演奏するとしても表現したいものやそのアプローチが異なると出来上がる音楽は変わってくるはずです。アメリカのクラシック音楽とフランス、ドイツ、イタリアのクラシック音楽とは似て非なるものとして考えていった方がよいだろうなと思いました。



バンクーバー(カナダ)
ニューヨークを出て次に向かったのはバンクーバーでした。朝9時のフライトでニューヨークをでて、シカゴで乗り換えて約8時間後に着いたのですが、時差が3時間あるので14時頃の到着でした。バンクーバーでは何をしたいというわけではなく、ニューヨークから日本への直行便よりも経由便の方が安いし、日本に着くときの時差ボケも距離が短いほうが楽だからちょっと寄っておこうかなとかそんな理由です。あとはカナダにはちゃんと行ったことがなかったから見ておこうかなということと、まだ暑い日本には帰りたくないので最後の抵抗というところでしょうか。

あまり期待していなかったのですが来てみると予想以上にいい感じです。到着した日はニューヨーク時間だと夕方だったので子供も疲れて眠くなってきていたのでホテルに行って、食事をしてのんびりしただけでしたがかなり快適です。湿度も低くて涼しくて穏やかです。山と海が近くにあって景色もいいし、英語に続く言語がフランス語なのでスペイン語だったアメリカよりも親近感がわきます。

ちょっと散歩してレストランに入って食事をして、ホテルのプールでのんびりと泳いでいるととても快適です。着陸していく飛行機を見ながらプールサイドでビールを飲んでいる人も気持ち良さそう。



アメリカから近代欧米文化を輸入した日本
ヨーロッパから来ると日本が欧米の文化をアメリカから輸入していったことがよくわかりました。そもそもアメリカは移民の国で食文化などを見ていても、ヨーロッパの国のいろいろなものを持ってきてそれをアレンジしていったのが分かります。アメリカンフードとは言っても、卵やベーコンにパンがつく朝食はイギリスのものがベースだし、ピザはイタリア、ハンバーガーもハンバーグ自体はフランスやドイツにもあります。高級レストランの前菜・メイン・デザートのコースの組み方もフランスがベースでしょう。アジアからも中華や和食もならんでいて、それぞれの文化がミックスしてアメリカ流ができていることが分かります。

それが日本に入ってくると、アメリカ料理だかもともとの料理だかよくわからなくなります。例えばピザですがイタリアのピザとアメリカのピザは僕にとっては全然違う食べ物です。イタリア人も”アメリカ人はイタリア料理を食べているというが、あれはイタリア料理ではない変な料理だ”と言っていました。それが日本では少し前にはピザと言えばアメリカのスタイルで、しかもそれをイタリア料理だと思って食べていました。僕も十年前に本場イタリアでピザを食べてこれまで食べていたピザと全然違うと驚いたわけです。最近はイタリアンスタイルのピザ屋さんが増えてきて僕はこちらの方が好きなので喜んでいますが、そもそも何でイタリア料理であるピザをイタリアでなくアメリカから輸入してイタリア料理だと思い込んでいたのかは奇妙なことです。

食べ物以外でもコンセントの形がアメリカと日本では同じです。ヨーロッパでも大陸側とイギリスでは違うので旅行するとコンセントのアダプターが必要になって不便だったのですが、アメリカに行くとこれが不要なので驚きました。トイレを流す装置の構造もヨーロッパとは違って日米同じだったりしてこれも驚きでした。これって細かいことでどうでもいいことのようですが、国同士の関係や影響力をよくあらわしていることがあります。

アメリカだけを見ていた時には気づかなかったのですが、ヨーロッパをじっくり見た後でアメリカをみると新たな発見がたくさんありました。



ニューヨークの食事
ニューヨークではホットドッグを立ち食いしたりハンバーガーにコーラなどのアメリカンフードも楽しみつつも世界各国の料理を食べました。ヨーロッパ系の食べ物はまあまあかなという感じでしたが、アジア系の料理はフランスよりも断然美味しくて驚きました。デリなどの持ち帰り用のお店でも寿司は必ずあるし、味もなかなかいけます。中華料理も普通においしいし、チャイナタウンに行くと本格的な料理も食べれます。

そんな中で一度ランチを一緒にしたアメリカ人の知り合いは僕に気を使ってお寿司屋さんに連れて行ってくれました。僕はアメリカ人との食事だからステーキかハンバーガーにフライドポテトをたっぷりつけながら健康のためにダイエットコークみたいな不健康な食事もたまにはいいかなと思っていましたが、彼はすし屋にあった豆腐ステーキ弁当を頼みました。弁当にはカリフォルニアロールがついていて、なぜかテーブルには二つの醤油がでてきたのですが、その時に彼は”どっちがローファットの醤油だろう?”と言って比べ始めました。

僕はローファットの醤油ってなに?そもそも醤油に脂肪分って入ってたっけ?と不思議に思いながら、”ひょっとして減塩醤油のこと?”と聞くとそうだとのことでした。

アメリカはヘルシー志向がすごくて何でもローファットだそうです。そんな彼は減塩醤油を選びながらもカリフォルニアロールが真っ黒になるほどに醤油をつけていて、そんなにつけたら減塩醤油でも塩分とりすぎだぞということでヘルシーなのかよくわからない食事になっていました。



MoMA(ニューヨーク近代美術館)とCMA
ニューヨークではせっかくなのでニューヨークらしい美術館に行きたいと思ってMoMA(Museum of Modern Art)を選びました。モダンアートの前の時代にはアメリカは存在しているかいないかというような時期なのでこの美術館がアメリカらしいものがみられるかなと思っていきました。

行ってみると特別展がダリで常設展にはセザンヌ、ゴーギャン、ピカソなどのヨーロッパのアーティストの作品が並んでいました。オルセー美術館などのヨーロッパの美術館にあった作品のちょっとグレードが下がって量も減った感じでちょっとがっかりです。でも見ているとピカソのヤギの彫刻や、展示してあったヘリコプターに下の子が反応して見入っています。今までになかった反応でじっくりと彫刻を見て回ることに。

さらに見ていくとアンディ・ウォーホルなんかも出てきてようやくアメリカのアートが出てきました。その後もインダストリアルデザインのような展示も出てきて不思議な感じです。うまく言えないのですがヨーロッパの国には共通してあったものがアメリカにはない感じがします。

その後Children's Museum of the Arts (CMA)に行きました。これはSOHO地区にあるNPOが運営している美術館です。子供向けの作品が展示されているということでしたがあまり展示はなくて、ワークショップ中心です。工作教室のようでもあるのですが、やっぱりSOHOで工作をするとアートを作っているような気がします。娘が段ボールなどの素材で作ったバイオリンの工作も、ピカソが作ったギターなどの作品に似ているような気がしてくるから不思議です。(これは親ばかも入っていますが。)

アートな部分でもニューヨークを楽しむことができました。



自由の女神とエリス島
ニューヨークの観光ではやっぱり名所の自由の女神に行くことにしました。この前に立ち寄ったアイルランドの歴史を調べる中でたくさんのアイルランド人が移民としてアメリカに渡り、アイルランド系のアメリカ大統領が16人もいることも知りました。こういう移民がアメリカを作ってきたわけで移民のことを知りたいなと思っていました。それなら自由の女神をみてエリス島に行くとよいと言われたのでこれは行くしかないとなりました。

バッテリーパークからフェリーに乗って自由の女神のある島まで行って中に入ります。台座の部分は博物館になっていて、階段を上って台座の上で女神像のちょっとした辺りまでいくことができました。女神像の足元からマンハッタンを見たところで、子連れでこれ以上の階段は無理とあきらめて戻りました。

博物館を見ていると自由の女神は素晴らしいアートでもあり、ニューヨーク・アメリカのシンボルでもあります。これはフランスが寄贈したものですが、ドラクロワの”民衆を導く自由の女神”にも影響を受け自由をもたらす女神としてアメリカの建国の考えにもマッチしているのでしょう。

移民の目から見るとヨーロッパを離れてはるばる大西洋を渡り、ニューヨークに着いたときに最初に見えるのが自由の女神像です。僕たちは現代の飛行機を使って7時間以上かけてアメリカの陸地が見えた時に”いよいよ来たぞ!”とわくわくしましたが、当時の移民の人の気持ちはそんなものではなかったでしょう。小学生のころにはウルトラクイズのゴール地点ぐらいにしか思っていませんでしたが、自由の女神の新たな見方を知りました。

つづいてフェリーはエリス島に行きます。ここは移民の博物館があります。昔はここで移民を受け入れるかの審査をしていたそうです。98%はアメリカに入れたそうなのですが、2%は強制送還だったそうです。アイルランドにはじまり、イタリア、ポーランドなどの移民が多く来ておりさらに最近は中国も増えているそうです。

それにしてもこんなに移民を受け入れて作っていった国って世界でもないですよね。フランスやドイツでも移民は問題になっていますし日本でもこれから移民を受け入れを増やそうかという議論もあるようですが、アメリカのやってきたこととはスケールが違います。ヨーロッパの国はもともとそこに人々がいて権力や資産を持つ人が出てきて、その人たちの権力闘争の中で思想的なものが出てきて社会の仕組みとしての国家を作り、でもまた権力闘争や戦争によって国家の形が変わっていくということを繰り返しているように思いました。

これに対してアメリカは独立戦争で確立した理念に基づいて一貫して国を作っています。そして苦しみながらも建国後からこれほどの長い間この理念を守り続けた国はないのではないしょうか。世界各国の人を受け入れ、支配的なナショナリティはなくてそれぞれのバックグラウンドを尊重しているところはINSEADっぽくもありますが、これを学校のレベルではなく国家の規模で成し遂げたわけでやっぱりすごいです。

そんなアメリカも今は”Falling Empire”なのかもしれませんが、それでもすごいことをやり遂げたことに変わりはないと思います。実はアメリカは6回目の訪問でこれまででも通算すると半年ぐらいは滞在していたのですが、はじめてアメリカの歴史をすごいと思いました。(これまでは歴史は短くて深みのない国と思っていましたがこれも単純すぎる見方でした。)



ニューヨークでの会社訪問
二日目にはいよいよマンハッタンに入りました。時差ボケで3時頃目が覚めた子供を6時半までなだめすかして朝食を食べてからタクシーに乗りました。ホテルに荷物を預けてワールドトレードセンター跡地に向かいました。摩天楼の高いビルが並ぶ姿に圧倒されて歩いて行くと突然何もない大きな空間が広がりました。まわりのビルやそこに出入りする人の多さを見ながら、ここには他のビルよりも高くてより多くの人が働いていてそれが突然なくなったわけで、これまでに映像で見ていたことと目の前の空間がつながってまた新たな衝撃が走りました。

少し観光もしたところで昔の上司に会ってきました。以前僕が働いていた会社で僕を採用してくれたアメリカ人ですが、半年ほどで辞めてしまいました。その後彼はデンバーでM&Aのアドバイザリーなどをやっていたそうですが最近になってニューヨークで仕事を始めたそうでした。

昔話をしてその後何をしていたのかを一通り話したところでランチをして、これからやりたいことをお互いに話しました。僕のやりたいことと彼のやろうとしていることは共通点も多くあり、また一緒にやれそうだねという話にもなったのですがタイミングがあまりよくないということでまた継続して連絡を取り合うということになりました。

今のアメリカのビジネスの状況を聞くとなかなか大変だと言っていました。ヨーロッパから来ると摩天楼の街並みとそこに行きかう人々の勢いに圧倒されます。ニューヨークと比べるとパリは遺跡の多い観光地にまで見えてくるほどです。それでも”今のアメリカはFalling Empireだ”と言っていました。まだまだ力はあるのでしょうが勢いはなくなってきているのかもしれませんし、自信を失っているのかもしれません。



ニューヨーク(アメリカ)
ダブリンを出て目指したのはアメリカのニューヨークでした。午後にJFK空港に着いたのですが、フランス時間ではもう夜でこの時間に市内までの移動はきついだろうと思って空港近くのホテルで一泊。飛行機の中で昼寝をしてくれたこともあって夕方までは子供たちもなんとか起きていました。時差調整もして旅の疲れを貯めないようにするにはよかったです。

ホテルに着いたらお腹が空いたというのでホテルの前の何気ない中華料理のテイクアウトを買ってきて食べたのですが、これが安くておいしくてびっくり。チャーハンとおかず一品(牛肉とブロッコリーの炒め)のセットが6ドルとは。為替レートの関係でヨーロッパから来ると今はアメリカの物価がだいぶ安く感じます。フランスの辛さの足りない味付けと違ってちゃんと中華の味がします。しかも一人分を一人では食べきれないほどあるし。これを食べ続けたらあっという間に太ってしまうので気をつけないと。



ダブリン(アイルランド)
フランスを出て最初に向かったのがアイルランドのダブリンです。と言ってもここでは飛行機の乗り換えがメインなのですがせっかくなので空港近くに1泊しました。

夕方に到着してお腹も空いていたのでまずは食事です。ローストポークにジャガイモ料理(フライドポテト、ゆでたジャガイモなど)にギネスビールを飲んで一応アイルランド気分を楽しみます。翌朝にはアイリッシュブレックファストを食べました。内容はイングリッシュブレックファストと似たようなものですが、アイルランドにいるとこれがアイリッシュに変わるようです。

空港でアイルランド人と話をしているといつの間にか天気の話になっていました。夏の気候の話をしているといつの間にか雨が降り出し、また止んで太陽が出たりというのを見ていると”だからここでは天気の話をずっとしているんだよ”と言われてちょっと納得でした。アイルランドの歴史や文化の話も聞きましたが、イングランドの影響を強く受けている一方でみんなアイリッシュ語を話して自国の文化を守ってもいます。また食料がとれず貧しかったころには人口の半分がアメリカなどに移民した国らしく、どおりでアイルランドの祝日を世界のあちこちで祝っているんだと納得しました。トランジットで約18時間の滞在の割にはアイルランドのことを知れてよかったです。

ヨーロッパはアイルランドが最後の訪問国です。留学中に数えてみるとヨーロッパで12カ国に行っていました。小さな子ども2人を連れてよくまわったものだとちょっと驚きました。



引っ越し&離仏
1年以上住んでいた家も引き払ってついにフランスから出国しました。最後の数日はバイオリンのキャンプ、荷作りに部屋の片づけで大忙しでした。もうちょっと寂しくなるかなと思っていましたが、忙しさと疲労で感傷的になることもなくなんとか乗り切った感じでした。

とりあえずフランスを出て日本に帰国する予定ですが、途中にいくつかの国に立ち寄りながらちょっとずつ日本に近づいていく予定です。







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