フランスMBA&音楽留学体験記
コンサルタント歴9年の父はINSEADのMBA、バイオリン歴2年の娘(4歳)は音楽学校で学ぶべく2007年7月から約1年間フランスに行きます。一緒に渡仏する母と1歳の息子の4人でのフランス留学体験を書いていきます。


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となりのMaevaちゃん
フランスに住んでいるときには隣の家にはMaavaちゃんという小学生の女の子が住んでいました。隣の家と庭は共用なのでうちの二人の子供と三人で遊んでくれていました。お菓子やおもちゃだけでなくおさがりの洋服までくれました。

実は彼女の両親はベトナム人です。まだ若かった両親は子供を産んだものの育てることができず、生後2か月で今のフランス人のお母さんに引き取られました。その後ニューカレドニアで育って最近になってからフランスに来ました。お母さんはいつかは生みの親に会わせるためにベトナム行きたいと思いながらも、Maevaちゃんはまだ自分を捨てた両親を許すことができずまだ会いに行っていないそうです。

いろいろ複雑な事情もあるのだなと最初は驚きましたが、Maevaちゃんは本当にいい子だしお母さんとも仲良しのいい親子です。こういう人たちと仲良くなれて本当によかったです。


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幼少期の音楽留学
フランスに来てから知ったのですがパリだけでなくウィーンなどのヨーロッパ各地に小学生ぐらいの年代でも音楽留学している子供たちが結構います。母子のみがヨーロッパに住んで子供の教育を行い、父は母国で働いて送金しているパターンが多いそうです。

ただそういう人たちの受けているレッスンの内容などを聞くとそれほど特別な教育を受けていると思えない人もいます。母国でトップになりこれ以上先に行くにはヨーロッパまで来るしかないレベルまで到達した結果としてヨーロッパに来た人はこちらでもトップの先生について勉強していたりします。このパターンでないと留学の価値はあまりないようにおもいます。

家族全員で無理をした結果として離婚なども多いようです。まずは家族が自然に過ごしその中で出来るだけよい環境を作り、十分に力をつけて子供が道を切り開いていくような形になってから留学するのがよいのではと思いました。



3日目のレッスン
この日のレッスンはイタリア人のMoccia先生でした。通訳で矢谷先生についていただきピアノ伴奏もつけてくださったのでまたもや超豪華な布陣でのレッスンです。

今回もヴィヴァルディの曲の続きです。前日までに第1楽章と第2楽章をやったので第3楽章中心のレッスンでした。ヴィヴァルディはベネチアの作曲家だったこともあって、”これはイタリア人の曲だからこう弾くんだよ”と言われ、”楽譜に書いてあるDolce(ドルチェ)はイタリア語だからこういう意味なんだよ”と身振り手振りに歌も加わってイタリア文化を教わります。

特にもっと表現にこだわるようにと言われました。やはりイタリア人は表現力が豊かで日本人のうちの娘が普通に弾くとどうしても単調な音楽に聞こえるようです。これは日本から来た音大のお姉さんにも言っていることだそうで、年齢や演奏技術とは違った日本人とイタリア人の国民性なのかもしれません。そういえば僕もINSEADのスピーチのトレーニングでは、単調でパッションが足りないからイタリア人のクラスメートを見習えと指導されました。

”ここの小節を弾く時は表情はこう!”と顔の表情まで指導を受けます。それがイタリア流の表現なのかと思ってみていると表情が変わると音も変わるから不思議です。娘もこれでイタリア流の表現をちょっと身につけたのかもしれません。

ただこのキャンプで一つ残念なことが。レッスン中にカメラを落としてしまい、レッスンのビデオ撮影や写真撮影も出来なくなりました。このブログも字ばかりで写真のないブログになってしまいます。



日本のクラシック音楽の歴史とヨーロッパ
ちょっと大げさなタイトルですが、森先生や矢谷先生とは日本のクラシック音楽の歴史についてもお話ができました。

まず僕がヨーロッパにきて感じたことはクラシック音楽はヨーロッパ、その中でもハプスブルグ家が栄えていたころのドイツ帝国やイタリアの民族音楽でもあるということです。日本人の僕は30を過ぎると演歌を聴いたときに懐かしい思いを持つことが出てきたのですが、ウィーンの人は若いうちはポップスが好きでも年をとるとクラシックを聞いたときに懐かしさを覚え自分たちのアイデンティティを確かめられるのです。

ところが今の日本のクラシック界の大御所だったりもする森先生達の世代が1970年ごろに留学された際の行き先はアメリカが主流だったそうです。例えば中村紘子さんはアメリカのジュリアード音楽院に留学されています。この方たちはどうしてもアメリカ中心の考え方でありヨーロッパの音楽界と交流のは少なくなっているそうで、フランスに留学されてヨーロッパでの人脈を作られた森先生がいろいろと努力されたもののこれは変えられなかったようです。これはクラシックに限らず日本全体がアメリカ偏重だったことにも影響されているのかもしれません。

”日本のクラシック音楽はアメリカを経由して入ってきたからおかしくなってしまった”という話は別の日本人バイオリニストの方もしておられました。アメリカはヨーロッパの文化にあこがれがあるのか必要以上にヨーロッパの文化を持ち上げて高尚なものにしてプレミアムを払っています。それを輸入した日本のクラシックも堅苦しく小難しいものでプレミアムを常に払う必要があるものになってしまったのかもしれません。(余談ですがワインでも高級フランスワインに一番高いお金を払うのはアメリカ人と日本人です。フランス人は自分たちのワインを大事にする一方でそれにどの程度の価値があるのかを自分たちで判断しています。)

これは僕もこちらにきてヨーロッパの人のクラシック音楽の楽しみ方を見て日本のクラシック音楽は何か歪んだものを感じました。作曲家やその作曲をした文化や時代背景を知ることで音楽の意味も見えてきますし、その上でもっとストレートに感じるままに音楽の本質を楽しめるようになっていけるような気がします。

森先生以降の世代は徐々にヨーロッパに来る人も増えてきて、矢谷先生のようにヨーロッパで演奏家として活動する方も増えています。日本のクラシック音楽もこれから変っていくのではないでしょうか。



今回のキャンプの様子
今回のキャンプには14名参加しています。以前はアメリカ人やシンガポール人も来ていたそうですがあまりにも行儀が悪く会場をきれいに使えないということで締め出され、今回はすべて日本人です。ほとんどが日本の音大や音楽高校の学生で13歳の中学生が最年少です。初日は日本から来たばかりなので時差ボケも残っているようでしたがみんな朝からひとりで個人練習をしていました。

約1週間のキャンプでレッスンは1時間×5回です。レッスンのないときはレッスンで出た課題を個人で練習するのでずっとバイオリン漬けです。お屋敷中でバイオリンの音がしていてすごいことになっていますがみんな上手なので聴きごたえがあります。レッスンのない日がみな1-2日あるのでそういうときはパリまで出かけるようです。行き先は楽器屋さんだったりするのでそこでもバイオリン漬けです。

バイオリンの技術を教えてコンクールで賞を取るようには日本でもなれるが、そこから先に行くにはより深い文化の理解が必要で日本から来ている参加者にはバイオリンのレッスンだけでなくフランスの建築・絵画・料理などの文化を含めて体験してもらうことも重要だと思います。フランスらしさ満杯の田舎の古いお屋敷でフランス料理を食べるというのも大事なレッスンの一部なのでしょう。

参加者からもフォンテーヌブローの街の様子や観光アドバイスなどいろいろ聞かれました。僕もフランスの良いところや特徴的なところを皆さんにぜひ紹介したいのですが残念ながら時間的余裕がなくてあまりたいしたことはしてあげられず残念です。



二日目のレッスン
二日目はまた森先生自らやっていただきました。ピアノ伴奏の先生や矢谷先生もついていただく超豪華な講師陣でのレッスンです。

昨日に引き続いて同じ曲をやりました。実はこの曲はこれまで習っていた日本人の先生とやっていて既に合格していた曲です。このキャンプのようなマスタークラスでは自分の中で完成している曲を見てもらってさらに良くするために指導してもらうそうです。

昨日のポイントも修正がされてきてピアノ伴奏と合わせるとこれまでよりもとても音が良くなりました。直されたのはその曲で出てくる特有のテクニックというよりもバイオリンを弾く姿勢などでこれはどの曲を演奏する時も大事なことです。これをきちっとやれればこれから習う曲ももっと上手に弾けるのでしょう。

ヴィヴァルディの曲だったのでヴィヴァルディの曲の意味や弾き方も教わりました。ただここはうれしく弾く、悲しく弾くなどの感情表現はまだ難しいです。”悲しかったことを思い出して弾いてみて”と言われても”今まで悲しいことは別になかった”というような5歳の娘にはまだ難しいです。これはもうちょっと大人になってから取り組むテーマでしょうか。



2歳4カ月になった息子もレッスン
姉のまねをしたい弟は姉が以前使っていた十六分の一のバイオリンを自分のものだと言ってレッスンに持っていきました。普段はそれをちょっとケースから出して一人で触ってお終いなのですが、このキャンプではちょっとレッスンをしてみようと先生に言われてやることになりました。

レッスンと言ってもまずはバイオリンを持つところからです。肩の上に載せてアゴでバイオリンを持ったり、大人のひざの上に座って大人と一緒にバイオリンと弓をもって音を出してみたりです。1日5分でもやっているとバイオリンを弾く感覚が身に付くそうで、これは名前は忘れましたが偉い先生が考案された方法だそうです。



イタリアで活躍する日本人ヴィオリスト
今回のキャンプには矢谷明子さんというイタリアで活躍されているヴィオリストも来ておられてレッスンをしてくださいました。バイオリンなどの専門誌では過去には表紙も飾られていて、何度もインタビューで取り上げられています。音楽一家で育たれて、お母さまは庄司紗矢香を育てたそうです。子供への教え方も上手でうちの娘も大好きになりましたが、僕がすごいと思ったのはイタリアで仕事を見つけて活躍されていることです。

イタリアでもトップのオーケストラに所属し、室内楽などで各地で演奏旅行でまわられています。世界でトップのマエストロやバイオリニストらとネットワークを作り、イタリアでの労働ビザを取る際にはクレモナの名誉市民でもあるバイオリニストから推薦状をもらえたのでビザがとれたそうです。

ビジネスの世界でも同じですが、多くの場合は同じことが出来るなら日本人よりも現地人(この場合はイタリア人やフランス人)を採用します。これはビザの問題も面倒だし、言葉や文化の問題などで現地のチームになじんで貢献できるかは未知数な部分も多いからです。これを乗り越えていくために演奏の部分だけでなく、イタリア語でイタリア人と同じように会話して関係を作っていく力も磨いていかれたようです。

またイタリアは昔から有名なバガニーニ、ヴィヴァルディなどの作曲家やストラディバリなどのバイオリン製作者を生んだ国であり音楽を生んだ歴史や文化を学ぶには素晴らしい環境である一方で、イタリア経済はあまり好調ではないので生計を立てていくには厳しい環境だそうです。イタリア人の音楽家からも”なぜもっと便利でいい暮らしができる日本に帰らず、イタリアにいるんだ?”と言われることもあるそうです。今はイタリアで活動することが音楽家として重要な一方で、やはり自分は日本人だから日本でやるべきこともあると考えて今後は日本での活動も増やしていきたいそうです。グローバルに活躍する若手アーティストの生き方を見ることができて刺激になりました。

矢谷さんが今後は日本でも演奏される際にはぜひ聴きに行きたいと思います。



バイオリンのキャンプ
うちの近くの村でバイオリンのキャンプが行われるので参加させてもらうことになりました。

http://www.cem-musicdojo.org/paris08.html

主催は森悠子先生というフランスで勲章ももらわれた日本人バイオリニストです。演奏家としても活躍されていて、バイオリンの先生としては日本人でトップクラスの有名な方です。フランスにいる日本人留学生も知っていましたし、うちがフォンテーヌブローで習っていたガルシア先生とは若いころからのお知り合いだそうです。

会場はLa lointaineといううちから車で15分ほどいったところにあるお屋敷です。このお屋敷を森先生のお姉さまが所有されています。実はこのお屋敷の部屋はINSEAD生にも貸し出していて僕の友人も何人か住んでいて何度か遊びにも行きました。INSEADが夏休みで空いている部屋に参加者は寝泊まりするようですが、部屋が足りないということでうちは通いでレッスンを受けることになりました。実は参加希望者はとても多くて何人も断ったそうで、そんな中で参加させてもらえてとても有難いことです。

初日のレッスンは森先生自らやっていただきました。娘が今練習している曲を弾くと、正確なリズムで引く練習で今まであいまいだった部分がすっきりと弾けるようになり、バイオリンを弾く姿勢や弓の持ち方などにこだわって直していくことで音がきれいになりました。これまでフランスで教わってきたことと共通する部分も多く素晴らしい先生は世界共通なのだなと思いました。

また明日・明後日も参加予定です。明日以降どうなるのか楽しみです。



日本人のバイオリンの先生とのレッスン終了
1年間お世話になった日本人のバイオリンの先生のレッスンも今日が最後でした。バッハのドッペルを先生と合わせてこれも卒業。ついにスズキの四巻も終了です。

先生にはバイオリンやソルフェージュだけでなく、日本のスズキメソードからフランスの音楽教育に移行するためのガイド役もやっていただきました。フォンテーヌブローの音楽学校で言われてよく分らなかったことを先生に伝えるとそれがどういう意味なのかをきちっと説明してもらえるのでフランスの音楽教育にもついていくことができました。

レッスンを離れると僕は友達のような感覚もありました。先生はフランスの音大に留学していたのでもし在仏日本人留学生の集まりがあれば僕は留学仲間として知り合っていた可能性もあるわけでお互いに共通の悩みがあったりもしました。

いろいろお世話になった先生とのレッスンも今日が最後となってしまいました。いろいろアドバイスももらえたので今後もがんばっていきます。



フランス料理のカフェテリア
フランス料理は日本では高級なイメージがありますが、フランスではあくまで地元の料理です。高級なお店もありますが、居酒屋のようなお店もあればカフェテリア形式でブースをまわって料理をとってまわりお会計をして空いた席で食べるところもあります。そこでも当然フランス料理です。

今回はパリのデパートのギャラリーラファイエットの6階にあるカフェテリアに行ってきました。日本でもデパートの屋上にあるレストランのようなところです。

いろいろな料理があってどれにしようか迷います。まずはサラダバーでサラダを取りました。
サラダバー
続いてメインです。サーモンや牛肉を焼いたものにつけあわせの野菜を選びます。
メイン
この日ははサーモンにフライドポテトをつけました。
サーモンとフリッツ
デザートも充実しています。
デザート
飲み物もセルフサービスです。ペットボトル入りもありますが、ここではグラスでソフトドリンク、ビールにワインもあります。グラスあたりの値段はコーラもビールもワインも同じなのでびっくりです。
飲み物
お会計を済ませると空いている席に座って食事です。窓からはパリのオペラ座も見えていい感じ。
席
値段はメインはパリのデパート価格の約10ユーロでそれほど安くないですがちゃんとしたレストランよりは安いです。席の間も広くてゆったり座れて子連れでも気を使わなくていいので快適です。INSEADのカフェテリアも基本的には同じような感じですがクオリティは落ちて値段もだいぶ安いのでまあいいかという感じです。

フランス料理ばっかり食べていると日本の方からは高級料理ばかり食べているように思われたりもしますが、普段の外食はこういうところが多いですしフランスではフランス料理を食べるのが一番安いのです。逆に日本料理は高級で、日本料理ばかり食べているとフランスで言うと贅沢な暮らしをしているように思われるかもしれません。



ピカソ美術館
マレ地区にはピカソ美術館があるので行ってきました。ピカソはパリにも長くいたらしく、ここでは青の時代から順に彼の作品を見ることができます。

青の時代から見て行くとまず初期の作品は普通です。ピカソらしい特別な絵ではないもののデッサンの技術は高いしっかりした絵です。まずはここで”なんだちゃんとした絵も描けるんじゃん”的な驚きがあります。

そこから徐々にキュービズムや抽象画が出てきます。ただまだ初期のものは抽象度も高くないので彼が何を描こうとしたのかが分ります。それがだんだん進化していくと何だかわからない抽象画になりついていけなくなりますが、ピカソ自身もまた抽象度の低い絵に戻ったりしています。また彫刻や段ボールを使った作品などもあってこれはこれで面白かったです。

小学校の時にはただ適当にぐちゃぐちゃに描いたようにしか見えなかったピカソですが時代を追って作品を見て行くと、彼がやろうとしたことがちょっと分かった気がしました。でもやっぱりすごすぎて僕にはついていけない世界もありました。



ファラフェル
パリのマレ地区にはユダヤ人街があり、そこでファラフェルを食べました。ユダヤ人・イスラエル人の国民的ファーストフードらしくて、ずっと勧められていました。

ファラフェルはピタパンという袋状になるパンの端っこを切って中にキャペツ、トマト、揚げ茄子やひよこ豆のコロッケなどを入るだけ入れて作っていました。
ファラフェルの材料

ファラフェル出来上がり
これがなかなかおいしくてベジタリアン料理で子供達も野菜をたくさん食べてくれました。値段も5ユーロなのでサンドイッチとほぼ同じです。アンネ・フランクを読んで以来ユダヤ人好きの娘も大喜びでした。



ルーブル美術館
約一年ぶりにルーブル美術館に行ってきました。感想はやっぱりすごいの一言でした。

展示されているものの質・量ともに圧倒的です。ヨーロッパ各地を旅行していろいろな美術館・博物館に行きましたがやはり世界でもトップクラスです。各地で見てきたそれぞれの国の雰囲気を感じられるアートをルーブルではまとめてみることができました。もう一度まとめて旅行してきたようで楽しかったです。娘も久々にモナリザを見て”生きているみたいだね”と喜んでいました。
モナリザ
ルーブルに対抗できるとしたらバチカン美術館と大英博物館でしょうか。ただバチカン美術館はカトリックの宗教色やイタリア色が強いのでその他の地域のものは少ない印象でした。

大英博物館は”美術館”でなくて”博物館”という感じがするのがルーブルとの大きな違いだと思います。例えば同じエジプトの展示でも大英博物館は棺や埋葬品やミイラを展示してミイラの作成方法まで説明するのに対して、ルーブル美術館では美しい模様の書かれた棺が中心になります。ルーブル美術館というかフランス人はその棺の持ち主やその人の歴史的な役割よりもアートとしての価値を重視している印象があります。

そんなフランスの誇るアートを見てちょっとは感じることが増えた気がします。留学前にはほとんど無関心だった僕でもアートを愛でる心が育ったのはINSEAD留学の成果かもしれません。
ルーブル



フランスの幼稚園生活のまとめ
はじめはなかなかなじめなくて大変だった娘の幼稚園も後半は大好きになり、フランス人の友達もたくさん出来てもう一年ここに通いたいというほどになってくれました。フランスに来ることが決まった時に、”子供は新しい環境にすぐになじめるし言葉もあっという間に身につけるから大丈夫だ”とよく言われましたが、実際はそんなことはありませんでした。なかなか幼稚園に入っていけないのを友人にサポートしてもらったり、近所のフランス人と家族同士で遊ぶことで親も一緒になってフランス人とも遊べると自信をつけさせたりもしました。フランス語も家で教えて“こうやって言ってごらん”と教えて幼稚園に行かせて、それが通じてうれしかったこともあったようです。でも親が応援してやれたことはこれぐらいで本人が何とか乗り越えて行きました。

僕が小学校3年生のときに栃木から福井の小学校に転校したときに、方言が分からなかったり授業や休み時間の過ごし方の違いに戸惑い困ったことを思い出しました。しかし日本からフランスへの転校は国内の引っ越しとはレベルが違います。言葉は全く異なり、教育制度も違います。これほど違う環境に小学生前の子供がよく対応できたと自分と比べて驚いています。

これまでに覚えたフランス語も違う国に住めば忘れてしまうのでしょうが違う国に行ってもそこで友達を作り言葉も覚えてやっていけたことに自信を持ってくれればそれが一番価値があると思います。これからの人生でいろいろな国に住むこともあるでしょうが、その時に今回の経験を思い出して乗り越えて行ってくれると信じています。



公園のコンサート
今年もConcervatoir Americaineがフォンテーヌブローにやってきました。パリにいる日本人のバイオリンの先生にもこちらまで来ていただいてレッスンをやってもらった後で一緒に行ってきました。

http://mademoisellemozart.blog110.fc2.com/blog-entry-22.html

学生の夏季学校なので去年とは顔ぶれも違っていますがみんなとても上手でパリの先生もフランスの学生と比べても負けないぐらい上手とのお墨付きをいただきました。天気もよくて芝生の上で良い音楽を聞くことができてよい日になりました。
公園のコンサート


バイオリニストともお話
オープニングコンサートの翌日にはそのコンサートに出演された日本人バイオリニストの方とお話しすることができました。リハーサルやステージ上での出演者同士のやりとりやコンサート終了後の打ち上げの様子などの裏話を興味深く聞きながらも一流の音楽家が最高の音楽を作り上げていく様子を垣間見ることも出来ました。

話は日欧のクラシック音楽環境の話にもなり、うちがフランスでやっていた音楽教育やコンサートを聞きに行くための旅行の話などには興味を持ってもらえ、また日本でも会いに来て下さいと言っていただくこともできました。日本にいる日本人同士だとなかなか会えない人ですが、外国にいてこういうマイナーな音楽祭に来るとこういう出会いが実現できるのはありがたいことです。



音楽祭の他のイベント
音楽祭ってどんなものか分からずにモンペリエに行きましたが、音楽に関するイベントがいっぱいある感じです。オープニングコンサートを行った会場には他にもいくつかホールがそこで無料コンサートがやっています。若手による無料コンサートということで行ってみると3,000人ぐらい入るホールが満員で、1977年生まれのイスラエル人ピアニストのソロリサイタルでした。僕と年もあまり変わらないようで、自分もまだ若手で行けるかなとかでも3,000人の前で1時間もらえたら何が出来るかなとか考えていると彼が出てきました。この演奏が素晴らしくて娘も気に入り、はじめてピアノだけの演奏を1時間以上聞いていました。彼の経歴を見ると音大を出た後でイスラエルでプロとして活動していて、これからフランスなどに進出というタイミングでした。僕も負けないように頑張ろう。

翌日行った若手シリーズはロシア人のバイオリンとピアノで、いきなりベートーベンの春でした。うちの先生と聞き比べが出来ると楽しみに行ったのですが、きれいだけどすごくあっさりした感じがしました。年齢・キャリアか国籍か本人の性格か分かりませんがこんなに違うのかと驚きました。あまり目立たずピアノともあっていないように思うこともあり、最後まで聞かずに帰りました。

美術館に行くと常設の絵画・彫刻の他に特別展でストラディバリのバイオリン・ビオラ・チェロが展示でしてあります。億単位の楽器なので値段的にはまわりの絵よりも高いのかもしれませんが、バイオリンを見て鑑賞しても良く分りませんでした。ストラディバリウスを近くで見るのは初めてだったので期待して行ったのですが、素人目には良いバイオリンとストラディバリウスの違いが分からず大きな感動を得るには至らずに終了です。でも貴重なものを見れたのでよしとします。

他にもいくつか無料コンサートに行きたかったのですがチケットが取れずに泣く泣く断念したものもありました。他には映画・講演やマスタークラスもやっており、いろいろな企画が盛りだくさんで滞在中はずっと楽しめました。これが数週間続くようですからもうちょっと滞在出来たらもっと楽しめたのになとちょっと残念でした。
コンサートホールの席


モンペリエのトラム
車で旅行しているときは地元の乗り物には乗らなかったのですが、今回はTGVで行ったので何度もお世話になったのがモンペリエのトラムです。路面電車が2路線あって本数もそこそこあるので便利です。
トラム1
トラム2
中は静かであまり揺れずに走るので快適です。運転席もちょっとかっこよかったです。
トラムの運転席


7月14日
そう言えば14日はフランス革命の記念日でした。フランスが歴史上もっとも輝いていたころの重大イベントの記念だからかとても派手に祝っていました。

午前中のテレビではサルコジ大統領が軍隊と一緒にシャンゼリゼパレードしていました。戦闘機がアクロバティック飛行をやっていて、その時にパリにいたうちの頭上も通過しました、
アクロバティック飛行中
その後モンペリエに移動しましたが、夕方には街の真ん中で軍隊がパレードしたり勇ましい曲を演奏していて、夜には花火をあげていました。

ちなみに日本ではパリ祭と言われているようですが、パリだけでなくフランス全土でお祝いされています。何で日本はパリ祭って呼ぶんでしょうか???




L'entrecore
以前パリでも行ったL'entrecoreがモンペリエにもありました。
お店外観

http://mademoisellemozart.blog110.fc2.com/blog-entry-342.html

メニューがサラダ・ステーキ・ポテトのみなことや、注文を取りに来たお姉さんにいきなり焼き加減を聞かれるのも同じでした。でも値段は約40%ほど安くだいぶお得な感じがしました。

味の方は同じように美味しかったです。最近の娘はフライドポテトも小さくてカリッと上がったところが好きなのですが、ここのはもともとおいもを小さめにカットしてあるので娘の好きなタイプに近くなります。ステーキもソースも気に入ってしまい、また行きたいというのでモンペリエ滞在中に二度も行ってしまいました。
ステーキ+フリッツ


ストラディバリオーケストラのコンサート
モンペリエの音楽祭ではまずはオープニングのコンサートに行ってきました。有名な音楽祭だとベルリンフィルやウィーンフィルと言った世界的に有名なオーケストラがその地域で夏を過ごすのですが、モンペリエでは有名オケは来ていません。代わりにストラディバリウスのバイオリン、ビオラ、チェロを20本集めてオーケストラを結成していました。モンペリエには現代のバイオリン作りでは世界的な巨匠がいるらしく、その人の力もあっての企画だったようです。作曲家や演奏家でなく楽器で企画を作るのはまた変わった切り口ですね。

コンサートではまずは一人ずつステージに出てきて演奏家と楽器を紹介し1分ほどのフレーズを弾いてからそれぞれの席につきます。ここでストラディバリはバイオリンだけでなく、ビオラやチェロも作っていたことを知りました。約20人のメンバーの楽器はすべてストラドでかなり高額な編成のオケです。

まずはオケ全体でアイネクライネナハトムジークかと思わせるイントロから不思議な展開へと持って行くアレンジの曲をやり、次にはバイオリンのソロが入り、3曲目には歌手も入ってきました。

ストラドの音色はとてもきれいでしたがこれまでに行ったコンサートでのバイオリンとの違いは分からず、この違いが分からない我々にはちょっと贅沢なイベントでした。




Montpellier(モンペリエ)
モンペリエはフランスの南にあり、地中海に近くてどっちかというとイタリアよりもスペインの近くにあります。ここでは音楽祭があるということでやってきました。地中海側のフランスははじめてですが、ヤシの木が街の中にあって、強い日差しとからっとした空気で南国リゾートのような雰囲気もちょっとあります。この時期にヨーロッパ人がみんな南を目指したがる気持ちがちょっと分かりました。
モンペリエ
モンペリエはそれほど大きくない街ですが、大学が多いらしくて学生があふれています。この時期は語学学校に通っている学生らしきグループをたくさんみました。そう言えば去年の今頃はパリの語学学校に通っていたことを思い出しながら、こういうところで勉強してみるのもよかったかなとちょっと思いました。



TGV(モンペリエ行き)
これまでフランス国内旅行はすべて車で行っていましたがここにきてはじめてTGVに乗りました。今回行くモンペリエは車だと9時間ぐらいかかりそうですが、TGVだと3時間半ほどで着きます。

乗ったことがないのになぜかTGV好きの息子は大喜びです。パリのGare de Lyonについて止まっているTGVを見て興奮し始め、中に乗ってからも大騒ぎでまわりの人に迷惑をかけるのではとひやひやでした。

親の感想としては安定して静かに走ることと駅が街の中心に近かったのでDoor To Doorだと一番早くて快適な乗り物でした。インターネットで早めに申し込むと新幹線よりもかなり安くチケットもとれます。出発・到着時刻も正確でした。フランス旅行の手段としてはなかなか使えるなと思いました。
TGV


むすめのゆめ
きょうのゆめのことをかきます

あたしはままとおとうとといっしょに、ちずやさんにいきました。
それでおとうとがおりがみをちらかしちゃったのであたしがかたづけました。
そしてちずやさんからでました。でたところでえんぴつがないことにきづきました。
あわてておみせにはいってえんぴつをさがしましたが、おとうとはかってに
あるいていってしまいました。

おとうとがひとりでこうえんにいってしまいました。ままがはしってさがしにいきましたが
あたしはえんぴつをさがしてからはしっていきました。みんなでこうえんにいきました。

おしまい

という夢を娘が昨晩見たそうです。娘にとっては本当にありそうな話のようで、このブログにも書いてほしいということで書いてみました。

コニャックの宿
ヘネシー訪問のあとでコニャック村の近くの村にある宿に泊まったのですがここがとても気に入りました。夕方6時前に到着するとまずはベッドが四つにソファーが二つある100㎡以上ある部屋を使わせてもらうことになり荷解きをします。

荷物から水着を見つけてきれいに刈り取られた芝生に囲まれたプールに入りました。ちょうど日差しも強くて暑い日だったのできもちよかったです。プールから上がってシャワーを浴びて喉が渇いたなと思ったところでプールの横のテーブルで食前酒です。コニャックのトニックウォーター割をすすめられてはじめて飲みましたが、これはなかなかおいしかったです。また家でもやってみようかなと思いました。
プール付きの豪邸

ここはゲストが快適に過ごせるように毎日1グループしかとらないポリシーのためこちらが希望した時間にディナーも用意してくれました。フランス人は普通は8時頃からディナーを始める場合が多いのですが、うちは子連れということもあって7時からに変更してもらいました。

まずはプールで泳いでお腹がすいて機嫌の悪い子供たちにさっとパスタを出してくれました。子供たちは大喜びです。
パスタで喜ぶ娘

子供たちが落ち着いたところで大人向けにまずは前菜です。庭でとれたレタス、トマト、モッツアレラチーズのサラダです。
前菜

続いて鴨のローストに付け合わせのなすとポテトです。
メイン

最後にアイスクリームのデザートです。
デザート

食後は音楽の時間です。奥様が音大卒のピアノの先生ということでうちの娘のバイオリンに即興であわせて伴奏をしてくれました。そのあとではドビュッシーやショパンのピアノ曲を演奏してくれました。コニャックを飲みながら生演奏を聞いていると贅沢な時間が流れて行きました。
音楽の時間

ちなみにここの宿の管理や食事の準備はお父さんがやっています。結婚して以来40年間、男手で食事を作り続けたそうで、奥さまは本当にラッキーだと言っておられました。今は主夫ですが、それまではメディア系の企業でディレクターだったそうで、INSEADでもエグゼクティブのコースを受講したそうです。僕はINSEADで料理は習いませんでしたが、彼は習った(?)と言っていました。ここの奥様と比べると不運なうちの妻がちょっとかわいそうになりました。



Cognac(コニャック)
ボルドーからの帰り道に気になる地名がありました。Cognacです。あのヘネシーやレミーマルタンなどのコニャックはフランスのコニャック村で作られているようです。ということでその中でも代表格のヘネシー社の見学ツアーに行ってきました。
ヘネシー社

ツアーはまずは船で対岸に渡るところからはじまります。ヘネシーの会社は蒸留所は川沿いにあり、対岸にある蒸留施設に向かいます。
船

まずは原材料ですが、コニャックはブドウを使っていて、まずはワインを造ります。これは知らなかったです。ぶどうからワイン作りのアルコール発酵をさせるところまではボルドーやブルゴーニュのワイナリーで何度も見たのと同じ方法です。発酵が終わって出来たワインをワインを70-80℃に温めると水分よりも先にアルコール分が気化するのでこの気化したものを冷やして樽に入れます。この樽に入れたコニャックを何年も保存し、味が安定するように複数の年のコニャックをブレンドすると酒屋さんに売っているヘネシーの出来あがりです。製造方法は前半はワイン、後半はウィスキーの合わせ技ですね。
蒸留所内

その後に船で川を渡って試飲です。何種類か飲ませてもらいましたが高いもののほうがまろやかでおいしい。値段の違いがどう味に出るかは分かりました。それと試飲するときにトニックウォーターかジンジャーエールで割るかを聞かれました。この地域では食前酒にはこういう飲み方をするそうです。いろいろと発見の多い訪問でした。




Saint Emilionのレストラン
はじめてでよく分らずあまりうまくまわれなかったボルドーワイナリーですが、紹介されていったレストランがとてもおいしくて食事は大満足でした。

L'envers du decorというレストランで、料理もこった郷土料理が出てくるのとグラスワインの種類が結構あるのでサンテミリオンのワイン飲み比べが出来そうなので入りました。
中世の壁に囲まれた中庭で食事

前菜?

メイン(ポークソテー)

デザート(イチゴとクリーム)

この料理がおいしくて驚きです。郷土料理は素朴なものが多いのですが、ここは日本のフレンチのように見た目も鮮やかで味もおいしい料理でした。それでいてコースの値段はお昼は18ユーロ、夜は29ユーロと手頃です。サンテミリオンの街中で観光客もたくさんいますがわざわざここを目当てに来る人もいるようです。

ワインの街の食事はやはりおいしいです。



Saint Emilion(サンテミリオン)
Saint Emilion(サンテミリオン)まで来るとようやくブドウ畑が広がってきました。ここまで来てようやくワインの街に来た感じがしてきました。中世の城壁や建物が残される丘の上が街の中心で、街の広場の角にはワイン流通業者がやっているワイン屋がありました。サンテミリオンを中心にボルドー各地のワインも試飲させてくれました。こういうところを探していたんです。

このワイン屋では10種類ぐらい試飲できるのですがすべて赤でした。サンテミリオンは赤しかないそうです。それも全てGrand Crus(グランクリュ)ランクです。隣のレストランで食事もしましたが、ここのグラスワインもGrand Crusでした。その後もボルドーではGrand Crusばかりを飲んでいました。あとで聞くとサンテミリオンではSaint Emilion→Grand Crus→Grand Cru Classé→Premier Grand Crus→Premier Grand Cru Classéと格が上がっていくそうで、Grand Crusと言ってもそれほど貴重なものではありません。ブルゴーニュだとGrand Crusは最高ランクですが、ボルドーではそうではありませんでした。Grand Crusクラスの生産者が500ぐらいはいるようです。

もう一つ驚いたのがシャトーが多いことです。ブルゴーニュだとシャトーはかなり大きくて歴史のあるワイナリーの場合が多いのですが、ボルドーの場合はそうでもなくて比較的小規模なところでもシャトーを名乗っています。これは変だと指摘すると、ボルドーではちょっと大きな建物でワインを作っていればChateauなんだとのことでした。

先ほどの格付けとあわせてGrand Crusのシャトーと言ってもブルゴーニュとボルドーだとだいぶイメージが違います。そんなサンテミリオンでGrand Crusクラスのワインを作っているシャトーが経営しているChambres d'hotesに宿泊しました。ワインのカーブがあり事務所兼オーナーの部屋の上の部屋に宿泊したのですが、窓を開くとブドウ畑が広がっています。朝食のオレンジジュースや牛乳もワイングラスで飲みます。そんな朝食のあとでブドウ畑やカーブなどの見学ツアーに試飲もさせてもらいました。
ブドウ畑


その後には紹介されたワイナリーにいくつかまわりましたが、予約がとれていないから帰れと言われたり、11時頃に行ったのにもうお昼だから4時に来なさいと言われたりであまり訪問はできませんでした。ボルドーは有名どころは予約が必要と聞いていたので4大シャトーには事前に連絡したものの断られていました。予約不要と言われているところに言っても断られてしまうので、嫌になってきてあまり回らずに帰ることにしました。

サンテミリオン




Bordeaux(ボルドー)
ブロワからそのまま足を伸ばしてBordeaux(ボルドー)まで来ました。これまでブルゴーニュには何度も行っていますが、ボルドーははじめてです。まずはボルドーワインの中心と思われるボルドーの街の中心に向かいました。観光案内所やMaison du vin(ワインの家)があるので、ここに行くと一通りボルドーワインが分かるかなと思うとちょっと違いました。

まずはボルドーはフランスでも5番目か6番目らしい大都市でワインばっかりの街ではありません。観光案内所もワイナリーツアーの販売とワイナリー訪問の予約代行(手数料5ユーロ)でやっているので、ここでは地図だけもらって退散です。Maison du vinはワインバーでボルドー各地のワインをグラス1杯3-6ユーロで試飲するところでした。ボルドーのワイン流通業者がやっていていろいろ試飲させてくれるところがないかも聞いたのですが、いろいろ飲むにはワインバーになるようです。

ボルドーではたいした収穫もなくボルドーワインの代表的な地区であるSaint Emillionに向かうことにしました。







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