フランスMBA&音楽留学体験記
コンサルタント歴9年の父はINSEADのMBA、バイオリン歴2年の娘(4歳)は音楽学校で学ぶべく2007年7月から約1年間フランスに行きます。一緒に渡仏する母と1歳の息子の4人でのフランス留学体験を書いていきます。


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INSEADの奨学金
あるアプリカントの方から奨学金について質問されました。INSEADにも奨学金制度はあり、これはINSEADにアプライするときか合格した後で申し込むことができます。

http://www.insead.edu/mba/schlmgmt/index.cfm?fuseaction=dsp_list_schl

ただ残念ながら日本人で奨学金をもらってINSEADに留学している人はあまりいません。理由はまずは日本人を対象とした奨学金が少ないことと、世界中の学生を対象とした奨学金では現在の経済力の弱い国の人に与えられることが多いようです。日本人であれば貯金やローンを組むなどで学費を準備することも可能ですが、労働者の平均月収が数万円レベルの発展途上国では学費と滞在費の合計で1千万円といった金額を準備するのは難しく、このような国の優秀な学生を支援することが奨学金の目的の一つになっている場合には日本人は対象外になります。

奨学金をもらえるのはビジネススクールの合格者の中でも一部の人であり、日本人で奨学金をもらうのはかなり厳しいのが現状です。奨学金をもらっての留学を目指すにはより条件も厳しく入念な準備が必要になりますが、実現すればこんなにいい話もないと思うのでチャレンジしてみる価値はあると思います。


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July 09の人とのランチ
P4も無事に終わり休みになったと思ったら快晴でほどよく暖かくすごくいい天気です。きょうは日本からJuly09になる方が家探しなどでフォンテーヌブローに来ておられるということでそのご夫妻とDec08のご夫妻一組を我が家に招待してランチをしました。天気もいいので今年初の庭での食事をしてみました。

この間パリで偉い人のおうちに招待してもらった時のことを思い出して、食前酒にはじまりコース料理とワインを用意してみたのですが途中からは自分も気持ち良く酔っ払ってただ飲んでしゃべるようになってきました。それでも好天と妻の料理&気遣いのおかげで楽しいランチになりました。

去年の5月には僕も家探しで来た時には不安と希望の入り混じった状態で、当時の在校生の方に親切にしてもらったことを思い出しました。その時はよく分らないまま日本から海苔などを在校生の方へのお土産に持って行きましたが、今回は事前にお願いして子供のふりかけやそばなどをもらってしまい恐縮でした。おかげで子供達も大喜びです。

それにしてもあれからほぼ1年が経って自分が次の年の人を迎える立場になってしまっていました。時の経つのが早すぎます。



リクルーターからのINSEADの評価
ありがたいことに僕をインタビューに呼んでくれた会社がインタビューの前日にディナーに呼んでくれたりします。そこではざっくばらんにいろいろな話を聞いてよいことになっているので頑張って話をします。面白かったのはリクルーターの評価でした。

その会社はIT系の会社でその会社の将来の幹部候補を採用することが目的です。INSEADだけでなく他のビジネススクールもまわり採用しているそうですが、INSEADにはその会社の採用したいタイプの学生が多くいてすばらしいとのことでした。

ビジネススクールではCVブックと言う全学生の履歴書を集めたものをリクルーターに配っています。彼女も各校のほぼすべての学生の履歴書を見ているそうです。ただある学校などは”異なる分野のことを次々とやって何をやりたいか分からないからビジネススクールに来た”という学生ばかりでがっかりするが、INSEADの学生は履歴書を見ても何をやってきてこれから何をしたいのかが伝わってくる学生が多くてよいとのことでした。彼女にとってはハーバード、MIT、スタンフォードとバークレーにINSEADを加えた5校が個人的にトップ5の学校だそうです。

この話を聞いていて思うのはまずはビジネススクールに来る以前にやってきたことやビジネススクールで何をするかが大事だということです。実際に就職活動になるとINSEADの学生同士の競争であり、その中で目立つには留学前に何をしてきたかが重要です。ビジネススクールの経験はこれまでのキャリアにちょっと上乗せされるぐらいに思っていた方がよくて、INSEADに来ればどんな会社にでも行けるというのは大きな間違いです。

それと学校がダイバーシティと言っていることの理由にはどのタイプの企業の担当者が来てもINSEADに来ると採用したい学生がいると言わせたいこともあると思います。僕が話をしたIT系の企業の担当者は”ITにも強いアメリカの学校の学生と同じレベルの学生がINSEADにもいる”と言ってもらえたわけで、これはINSEADとしても成功なのだと思います。INSEADにはもちろんIT系以外にも様々な企業がリクルーティングに来ていますが、どの業種の企業が来ても採用したいと思わせられる学生を揃えることを狙っているのだろうなと思いました。



就職活動苦戦中
就職活動ですがあまりうまくいっていません。まずヨーロッパでの仕事では現地の言葉が出来ることが必須になることが多いです。(日本とも似たような状況です。)例えばヨーロッパ各地にオフィスのあるコンサルティングファームの場合には、英語でOKなロンドンオフィスにはイギリス人だけでなくアジア、アメリカ、アフリカなどの学生がみんなアプライするのですごい競争率になります。あるコンサルティングファームのロンドンオフィスにはINSEADから160人が応募してそのうちの10%しかインタビューに呼ばれなかったそうです。ロッパの言語が出来ない学生はたいていロンドンにある会社に応募しています。例えばルーマニアなどのオフィスでは、採用枠はロンドンより少ないもののルーマニア語が出来て応募できる人が少ないのでルーマニア人はほぼみんなインタビューに呼ばれています。

そんな競争をくぐりぬけてなんとかインタビューまではこぎつけるものの、そこから先もなかなか厳しいです。ある会社も10人インタビューに呼んで、オファーを出すのは1-2人と言っていました。

僕も何とか複数社と面接していますがなかなかうまくいきません。一つの会社の面接では複数人とやることが多いのですが、どちらか1人はいい感じで行くもののもう1人とはダメでなかなか2人そろえることが出来ません。残念ですがここは自分の力不足・準備不足の結果であり、厳しい現実を受け入れて次に進むしかありません。

INSEADに入学した直後にDec07クラスの先輩が就職活動で苦労しているようすを見ながら大変そうだなと思っていましたが、気がつくと自分も同じような状況にいます。



INSEADの授業-the Making Of Strategy
the Making Of StrategyはP4でとったエレクティブのコースです。ストラテジーの授業ですが、ストラテジーの中身よりも策定方法にフォーカスがあてられています。

内容は大きく二つで、一つ目は戦略をつくるプロセスです。戦略策定のフレームワークがあり、これを実際のケースにあてはめながら見て行きます。戦略策定ではロジカルに攻める一方でクリエイティビティも必要であり、いろいろな人も絡むので政治的な要素も無視できず、実行に向けては多くの人を巻き込む必要もあるなどいろいろと手を打つ必要があることを学びます。

もう一つはストラテジーに関するThinkerのことを学びました。マイケル・ポーター、CKプラハラード、ゲイリー・ハメルやチャン・キムなどがどのような考えを提唱しているのかを理解し、これが戦略策定のプロセスにどう影響するのかを学びます。最近はイノベーションをどうするかが重要なテーマになってきているのだなということも学びました。

これまでにとってきたストラテジーの授業とはまた別の観点から学べる面白いコースでした。



ゴッホ美術館
オランダの有名なアーティストにはゴッホがいます。そのゴッホの作品が年代別に展示されていました。

ゴッホは教師等の仕事をしたあとで27歳の時に画家になることを決意しました。当時はオランダやベルギーにいて独自に絵の勉強をしながら絵を描いていました。そのころの作品では人物や風景を描いていますが、全体的に暗い雰囲気で古いオランダやベルギーの画家の作品を共通する雰囲気を持っているなと思いました。

その後に当時の芸術の中心がパリだったということもあり、パリに行きました。そこで多くの画家や絵を見て刺激を受けて作風が一気に変わります。明るい色使いになり、印象派や日本の浮世絵などの影響を受けた作品が見られます。さらに南フランスのアルルに移ると、その影響が絵に感じられます。美術の教科書にも載っているようなゴッホの有名な作品はこのころの作品のようです。

ゴッホの生涯を絵を通してみると、オランダ・ベルギー・フランスと移動する中で刺激を受けてどんどん変わって行くのが良く分りました。ふと自分はフランスに来て10か月がたち、ゴッホと同じように刺激を受けて学び変化をしているのだろうかと考えてしまいました。



コンセルトヘボウ(アムステルダムのオーケストラ)
今回のオランダ旅行のメインイベントは、コンセルトヘボウのコンサートでした。コンセルトヘボウはアムステルダムが本拠地ののオーケストラで、世界(ヨーロッパ)三大オーケストラの一つです。(他の二つはベルリンとウィーン)前から狙っていたのですが、今回は1ヶ月前に何とかチケットをとることができました。

今回はシューマンの歌曲でテノールやソプラノのパートのソロの歌い手にバックコーラスとフルオーケストラがついた100名以上の出演者の壮大な演目を娘はいつものように最前列に陣取って聞いていました。あとで娘に感想を聞くと歌のほうはすごくよかったが、バイオリンはいまいちだったようです。オーケストラは伴奏のようなパートを担当していて、バイオリンも特に目立つ場面がなかったのが残念だったようです。

それでもそこは世界トップのオーケストラで個人の演奏レベルも高さだけでなく組織的に動くのが得意なオランダのオーケストラらしく一糸乱れぬ演奏です。これだけの大人数の曲をちゃんと出来るのはオランダ人やドイツ人などゲルマン系の民族なのかなと思いました。イタリア人では共同でプレーできるのはサッカーの11人が限度か?と思いました。



アンネ・フランクの家(アムステルダム)
アムステルダムではアンネ・フランクの家に行きました。アンネ・フランクがドイツ秘密警察に見つかるまでの約2年間を過ごした隠れ家であり、ここで日記をつけていました。

一階と二階はオフィスで、二階の奥の本棚の後ろの隠れ扉を抜けるとそこに家があります。6-7部屋といったところでここで8人が暮らすのは大変だと思います。そこで誰にも見つからないように音もたてず明かりも漏らさずに暮らしていたそうです。物音をたてないために昼間は水も流さなかったようです。

こういう歴史を見ると当時のヨーロッパでのフランス・ドイツ・イギリスの戦争とドイツにあっさりと占領されたベルギーやオランダのような国やユダヤ人の苦難を感じることができます。INSEADではユダヤ人の友人がたくさんできましたが、時代が違えば彼らは収容所に送られていたのかと思うとそんなことは絶対にあって欲しくないと思います。アンネ・フランクのような思いをうちの子供たちがしなくてすむような世の中であって欲しいと思いました。



ザーンセ・スカンス(オランダの町)
ザーンセ・スカンスはアムステルダムから30分ほど車で行ったところにある、オランダの昔ながらの街並みが見れるところです。日本だと日光江戸村のようなところかもしれません。

まずは風車です。
風車

木靴工場では木靴の作成を実演してくれて、その場で販売もしています。履いてみるとやっぱり固くて足にはなじまないと思うのですが、履いているとだんだん良くなってきて一日中立ち仕事をしても大丈夫だそうです。
木靴作成の実演

大きな木靴

チーズ工場は黄色とオレンジの大きなチーズが並んでいました。いろいろ試食させてもらいましたが、日本人の口にはオランダのチーズのほうが合うのもよく分りました。これらの実演もてきぱきとオランダ語と英語で説明してくれました。
チーズ工場

チーズの棚

チューリップも咲き始めていましたが、まだつぼみの段階で1週間後ぐらいに来るとよかったようです。

昔のオランダ人の暮らしをちょっと見るとことができて面白かったです。昔からあまり派手だったり無駄なことはせずに実用的なところを狙って生きてきたのだなと思いました。



ディックブルーナハウス(ユトレヒト)
ユトレヒトにはディックブルーナハウスを見るために行きました。ディック・ブルーナはミッフィーで有名な作家です。ユトレヒトで生まれて、ミッフィーなどたくさんのキャラクターの絵本を書いています。
ディック・ブルーナの作品

ディックブルーナハウスはミッフィーの絵本だけでなく、子供サイズの家やコンピューターグラフィックなどもあって子供たちは大満足で遊んでいます。ミッフィーの絵本が好きなうちの子供たちにはぴったりの博物館でした。
ミッフィーのおうちの中

ディック・ブルーナは出版社の経営者の家庭に生まれたそうです。絵が好きで学んでいたときに親から家に戻ってくるように言われ、経営者としてではなくグラフィックデザイナーとして親の会社に入社したそうです。出版社で出版する本の表紙などを書きながらミッフィーなどの作品を世に送り出していったそうで、彼にとってはこれが最高の職場だったそうです。
ミッフィーのコンピューターグラフィック

ちなみにディック・ブルーナはアムステルダムに絵の勉強に行ったところ授業の内容にがっかりしてパリに留学し、そこで大いに刺激をうけたそうです。効率重視のオランダにいるだけではアートの才能は育たないのかなと思う一方で、出版社からアーティストが育って行くのもオランダっぽいのかなと思いました。



オランダ旅行
4/14-18まではINSEADではオランダ/ドイツウィークが行われていて、ビールやソーセージ・チーズが振舞われたりと盛り上がっていました。これに影響されてというわけでもないのですが週末にオランダに来ています。アムステルダムまでは車で約5時間30分でした。

実はオランダに来たのは二度目で、前回は空港での乗り換えのために数日滞在しただけでした。その時にこの国は計画的かつ組織的に物事を進めるなという印象でしたが、INSEADのクラスメートと話してもまさにその通りでした。オランダ人いわく、自分たちは効率よく物事を進めるのが好きだそうです。話をしていても余計な修飾語とかはさまずにテンポよく的確に相手の質問に答えようとします。

前回のオランダ訪問時の日記

この背景には国の歴史や地理的な条件が影響していると思います。まずオランダは干拓によって広がった国であり、海抜以下の土地が多くあります。この国を水浸しにしないためには事前にどのような国土にするかを綿密に設計し、この設計通りに計画的に進める必要があります。また寒いのでもたもたしていると冬は凍え死んでしまいます。計画的・組織的に効率よく物事を進めるというのは、そうしないと水浸しで凍え死んでしまうところで生きてきた人達にとっては必須だったのではと思います。

こういう国民の国なので僕は好きです。今回はユトレヒト、ザーンセスカンスとアムステルダムに行きましたが、効率よくぱっぱっと進んでいきました。街並みや国土もきれいに設計されているので移動もしやすいし、英語も上手で会話も聞きたいことを効率よく教えてくれます。フラストレーションのたまることの少ない旅でした。
オランダの公園で遊ぶ息子



ビジネスパラダイムさんの来校
ロンドンを拠点にビジネススクール受験の支援や在校生や卒業後のキャリアサポートをしておられるビジネスパラダイムの方がINSEADのキャンパスに来ていただくことができました。日本人の在校生もそれぞれにキャリアの相談をさせてもらい、僕も話をさせてもらいました。

http://business-paradigm.com/index.html

こちらのバックグラウンドに今後やりたいことや今の就職活動の状況などをこちらから話したあとで企業の採用動向などを説明してもらいました。業種別に採用意欲の有無やポジションなどを説明してもらい、ヨーロッパの日系企業には深くかかわられていることが良く分りました。

その中でいくつか興味深いポジションがありました。ただこれらも求人票が最初から出来ている話ではなく、これから話を練り上げてポジションを明確にしていくようです。僕がそこに入れるかは実力だけでなく運やタイミングも重要です。いい縁のある話しがあるといいなと思います。



幼稚園の春休み
INSEADの授業はまだ続いていますが、幼稚園は2週間の春休みになりました。本当に休みが多いですね。

恒例の成績表をもらいましたが、ちょっとだけよくなっていました。最近はフランス人の子供とも前よりもよく遊べているし、フランス語の詩なども暗唱しているのでこのあたりが成績にも反映されていました。親が思っている娘の成長と同じことを幼稚園の先生も感じてもらえていると幼稚園に対する信頼も出てきます。

幼稚園で描いていた絵などの作品帳も持って帰ってきましたが、中には絵だけでなくフランス語と英語の単語の書き取りもありました。先生のお手本を真似して筆記体で書いていて意味も分っているようでした。

このままフランスに残ると日本よりも早く今年の9月から娘は小学校に入ることになります。まだまだ不安なところもありますが、これならなんとかやっていけるのではと思ってしまいました。娘は早く小学生になりたいので、日本よりも早く小学生になれるフランスに残りたいと言っています。と言われてもフランスでの仕事が見つからない僕は答えに詰まってしまうのです。



INSEAの授業 - Financial Aspect of Corporate Governance
Financial Aspect of Corporate GovernanceはP4で取っているエレクティブの授業です。Financeの授業ですが計算することはあまりなく、コーポレートガバナンスとは何かを様々な観点から議論する授業です。

まずはコーポレートガバナンスの定義のレクチャーを受けた後に、コーポレートガバナンスが機能していない企業のケース、アクティビストファンドや敵対的M&Aの時の経営陣のアクション、経営陣の報酬、取締役会の役割やVCとアントレプレナーの関係などをケースで学びました。

特に面白かったのは数年前のロシアの企業のケースで、ガスプロム出身のクラスメートがコーポ―レートガバナンスが機能いないなかでどうやって経営陣が私腹をこやしこれがなぜ起こったのか(とめられなかったのか)を話してくれました。今まで何となくコーポレートガバナンスは大事だと思っていましたが、この話を聞いて重要性やコーポレートガバナンスが機能しないとどういうことがあるのかが実感できました。その他にもIBやVC出身のクラスメートの経験を聞くとコーポレートガバナンスをちゃんと理解していないと損をすることがあることがよく分りました。

これまでも大事だと思いながらもなぜ大事なのかが分らずにいたことがこの授業で一通り話を聞いてコーポレートガバナンスの役割とそこから得られる効果も自分なりに整理できました。



パスポート更新
娘のパスポートの有効期限切れが迫ってきたのでパリの日本大使館に行って申請してきました。今のパスポートは娘が9か月の時につくったもので、約4年半がたって大きくなって顔も変わっていて今は同じ人物なのか判別も難しくなっていました。入国審査の時などにパスポートを見せても、”これは同じ子かな?”と不思議そうに見られることがよくありました。

パリの日本大使館は空いていてほとんど待ち時間はなく手続きができました。費用は37ユーロで一週間かかります。費用は日本だと6000円のようなので、ちょっとだけ安かったようです。またこれでいろいろな国にいけるなと楽しみになりました。



パリでcanelé(カヌレ)
カヌレはボルドー地方で有名な焼き菓子です。東京に住んでいるときに近所に好きなフランス料理の店があり、そこでケーキをよく買っていたのですがカヌレも置いてありました。不思議な形の茶色いお菓子を試しに買ってみるとパリッとしたまわりとモチモチした中身がみょうにおいしくて子供達も好きなお菓子でした。

フランスに来てカヌレを食べれるかと思っていたのですがあまり売っていません。たまにあっても日本で食べていたもののほうがおいしいぐらいでした。

そんな話をしていたところフランス人の友人がここに行ってみたらと薦めてくれた店がありました。パリに行ったついでに買ってみるとこれは本物です。ボルドーで代々カヌレを作っていたお店がパリに進出したそうです。チョコレートも作っていましたがこれも良い感じでした。おいしいカヌレを教えてもらって子供達も大満足でした。

LEMOINE
74 rue St Dominique
75007 Paris
TEL:01 45 51 38 14

カヌレ



パリで偉い人のお家でランチ
パリでコンサルンティングファームの社長をしている方と知り合う機会があり、日曜日のお昼に家族をランチに招待してもらいました。場所はバリの高級住宅地でリュクサンブール公園やパルテノンの近くです。便利でありながら静かで落ち着いたいいエリアでした。この中の大きなビルの最上階にある100平米はあろうかという大きな部屋がその方の家でした。部屋からエッフェル塔がバッチリ見えます。

13時に招待されたので行くと、まずは家族を紹介して暖炉のあるリビングで食前酒にウィスキーをもらいました。いきなりきついと思ったのですが氷を入れて飲みました。その間にその方の三人のお子さんとも話しました。17歳、15歳、12歳でフランス語に英語・ドイツ語が出来るので英語で話をさせてもらいました。

しばらくすると食堂に移動してランチです。前菜はホタテを焼いたものとルーコラのサラダ、メインにはポークの煮込みにライス、デザートはアイスクリームでした。奥様手作りの素朴な雰囲気の料理でしたが素材もよくて時間もかけられていてどれもおいしかったです。ワインも高級ボルドーワインです。食器もうちの子供が割ったらどうしようと思う高級そうなもので優雅な時間です。

偉い人たちのもてなし上手ぶりにも感動しました。子供もよくしつけられていて、僕が一生懸命話をしたので食べるのが遅くなるとそれにあわせてゆっくり食べて僕が食べ終わったところでさっとみんなのお皿を片づけてくれるのです。他にも我が家に人を招待するときにももっと気をつけて見習おうと思うところがたくさんありました。

コンサルティング業界の話やINSEADの様子などいろいろな話をして盛り上がりました。その方のお兄さんがINSEADの人気教授でその話でも盛り上がりました。仕事のオファーはもらえませんでしたが、ありがたいことにまたいつでもおいでと言って頂けました。バリの上流階級の暮らしは素晴らしく、本当にまた行きたいと思える経験をさせてもらえました。



アルムナイとのディナー
週末にかけてINSEADでは各国のアルムナイアソシエーションのリーダーが集まっての会議が行われていました。日本からは某ファンドの社長をされているアルムナイが来られていて、日本人在校生とのディナーの機会を持って頂けました。ファンドの業界の話や20年前のINSEADの様子にはじまり、世界情勢やアルムナイ組織など話は多岐にわたり全く飽きません。

アドバイスを受けたのは世界的な視点を持つことの重要性で、日本国内で国内の視点のみで報道するメディアをみてや国内での競争だけをやっていると、世界で何が起きているのかや日本や自分がどういう状況にあるのかが分からなくなりがちである。世界の中での自分のポジションを意識することが大事だということでした。

それと個人の力でもっと目立つことが大事だともアドバイスされました。残念ながら今の世界は国単位では中国やインドにより注目が集まっており、日本人と言うだけで目立つことはなくなってきています。外国人の中でも個人の力でやっていけるようになることが大事であり、INSEADはそのためのトレーニングをする絶好の機会だと言っていただきました。確かにその通りであり、残された時間で出来るだけいろいろなことをやってみようと思いました。

またアルムナイの組織や今後のINSEADの方向性についても話をしていただき、卒業後にはアルムナイとしてもINSEADのコミュニティに関わっていこうと思いました。



1年制のMBAプログラムは短いか
アプリカントの方から最近受けた質問でINSEADの1年制のプログラムは短いのではというものがありました。特に勉強の面で範囲が狭かったり、スピードについていけるかが心配なようでした。

まずは範囲についてですが他の学校の2年生と話した感じだとあまり変わらない印象があります。また授業の日数を見てもINSEADではプログラム中に約200日授業が行われています。

5(ピリオド)×8(週間/ピリオド)×5(日/週)×1(年) = 200日

これに対して僕も合格したあるアメリカの2年制のビジネススクールでは授業の日数は192日とINSEADのプログラムとほぼ変わりません。

4(ターム/年)×6(週間/ターム)×4(日/週)×2(年) = 192日


アメリカの2年制のビジネススクールにもいろいろあるのでひとくくりにして議論するのは難しいのですが、INSEADの1年のプログラムでは2年のプログラムの半分程度しか勉強しないというのは間違いだと言えます。実際にはほぼ変わらない範囲と量の勉強をこなすことが求められます。


他の学校が2年間かけてやることを1年でやるとなるとこのスピードについていけるかが気になると思います。授業はその分野のバックグラウンドがない人にも分かるように準備されていますし、補講や生徒同士の助け合いなどでみんななんとか乗り超えて行っています。また学生はそれぞれのバックグラウンドによって何かの得意科目がある場合が多く、その科目ではあまり勉強しなくてもよい分で苦手科目では多めに時間を使うなどしています。

ただやはり期間が短いのには以下のようなデメリットもあると思います。

・来る前のビジネス経験が1-2年だったり元アスリートなどビジネスの知識が少ない人や英語力が不足している場合には授業についていくのが難しかく、自分が目指すレベルに到達できないリスクが出てきます。授業の進むスピードは速いので一度分らなくなるとそれを取り戻すための時間があまりないのが現実です。

・大きなキャリアチェンジをしたい人はそのための準備期間は比較的少なくなります。インターンを例にとってもアメリカの2年制の学校では約3か月の休みの間にコンサルと投資銀行の2か所でインターンしている人もいますが、INSEADではJulyプロモーションはインターンなし、Decemberプロモーションでも夏休みは2ヶ月なので1か所でしかインターンが出来ない場合が多いです。

・勉強が忙しいのでのんびりと過ごせる時間も比較的少なくなります。同級生もヨーロッパやアジアのいろいろな国に旅行はしていますが、ゴルフがものすごく上達した人の話はあまり聞きません。のんびり自分の人生を見つめ直したり人生の幅を広げたいという人には忙しすぎると思います。


INSEADの1年制プログラムにはデメリットもありますがよく考えられたプログラムであり魅力も多くあります。それぞれのアプリカントの方のシチュエーションやビジネススクールでやりたいことを明確にした上で選択していただければと思います。個人的にはビジネススクールは1年で十分で、もう一年勉強するよりもINSEADで学んだことを活かして次の仕事にチャレンジしたい気持ちの方が強いです。

Tragedy of commonsとシャンパン
Industry & Competitive Analysisの授業でTragedy of commonsの話を習いました。Tragedy of commonsというのは自分の資源は大事に使うが共有の資源はただだと思ってどんどん使っているとこの資源を使いすぎてみんなが困るという話です。よくある例として羊飼いが共有の牧草地の草を食べさせて自分の羊を育てているときに、共有の牧草地はただだと思って多くの羊飼いがたくさんの羊を連れてくると牧草地が荒れ果ててしまい結局すべての羊飼いが損をします。

これはシャンパンにもあてはまるそうです。シャンパンにとっての共有の資源はブランドです。スパークリングワインはシャンパーニュだけでなく、隣のアルザスやブルゴーニュ、ロワールだけでなくイタリアやスペインでも作られています。ブラインドテイスティングではほとんどの人が味の違いを言い当てられないのですが、シャンパンのブランドがつくと値段が倍になります。当然どの生産者も自分の作ったワインにシャンパンと書いて売りたいものです。しかもたくさん作りたい。しかし、それをやると世界にシャンパンブランドのスパークリングワインがあふれてしまい、シャンパンブランドの価値がなくなってしまいます。その結果として20世紀前半にはシャンパンの販売価格が下がっていました。

そこでシャンパーニュ地方のワイン醸造業者はシャンパンブランドの価値を高め、維持するために協業することにしました。まずシャンパンと名乗れるのはシャンパーニュ地方のある特定の地域で栽培されたぶどうを使った作られたスパークリングワインのみとしました。他の地域はシャンパンのブランドをつけて売っていましたがこれを禁止しました。またアルザスでは”シャンパンと同じ製法で作ったスパークリング”として売っていましたがこれも禁止するように動き、時には訴訟なども起こしたようです。

またシャンパンと名づけるためのクオリティの基準を設定するとともに、年間の生産量も決めました。ぶどうの栽培範囲と収穫量を決めるともに、ぶどう160キログラムあたりから100リットルのジュースを絞って使うなども決めました。(たくさん絞れば生産量も増やせますが、ぶどうの実から出たジュースにぶどうの皮や種などの成分も混ざるのでクオリティが下がります。)仮にぶどうが多く取れた場合にも、その分はスパークリングでないワインや食用やジュースとして消費されるそうです。

これによってクオリティとともに世界に出回るシャンパンの量もコントロールでき、シャンパンのブランドの価値を維持することにつながります。これを組織的に出来ていることがシャンパンの値段にもつながっています。シャンパーニュのワイナリーは組織的な印象がありましたが、これは自分たちの共有資源を活かし、Tragedy of commonsを避けるための仕組みだったのかと分かりました。ビジネスの仕組みの観点から見るワインというのも面白いものだなと思いました。



INSEADの授業-Industry & Competitive Analysis
Industry & Competitive AnalysisはP4で取っているエレクティブのコースです。半分以上の学生が受講するINSEADの名物授業の一つでもあります。授業で使うケースがすべて教授の手作りで深みのある話を聞けるところが魅力です。

内容はトラディショナルな戦略策定の頭の方で分析する業界分析で業界の規模や成長率、規制緩和などの業界を取り巻く環境や競合の状況などからその業界での勝ちパターンを見つけて企業の戦略に落とし込んでいくところを学びます。

授業の中でケースを分析してプレゼンテーションをやることになりました。僕は友人二人とヨーロッパの損害保険業界を分析しました。いろいろな角度から見ても勝ちパターンが見つからない業界でしたが、一人が損保業界出身だったこともあってなんとかプレゼンをまとめることができました。教授からも最初は”日本人がヨーロッパの損保を語るのか?”とからかわれましたが、終わってみるとよくまとまっていたとおほめの言葉をもらえました。



INSEADの授業-ブルーオーシャンストラテジー
INSEADと言えばBlue Ocean Strategy(BOS)をイメージする人もいるぐらいのインパクトがあったと思います。このBOSを提唱したチャン・キム教授はとても忙しいのでMBAの学生を教えることはなかなかありません。僕がP2の時に受けていたStrategyの授業の中で講義をすることも検討したそうですが実現せず、今回は今のP2のコースの一部として実現しました。今はP4の学生もP2の学生と一緒に話を聞くことができました。

会場はINSEADの一番大きな教室を使っていますがそれでも超満員で立ち見まで出ています。キム教授も情熱的に話をしてくれるのでみんな聞き入ってしまいます。イノベーションを偶然起きるのを待つのではなくシステマティックに起こすことが出来るはずであり、これが大きな利益につながるということには自分の仕事を通じても感じていたことであり、これを理論立てて説明してもらえたので納得感がありました。

またこれはBOSは企業だけでなく政府、NPOや個人レベルにも適用できるとの話はその通りだと思いました。例えば就職活動でも優秀な同級生と頭の良さで単純に勝負するのではなく自分にしか出来ないユニークな価値を見つけた上で、あまり同級生が興味を持たないけど自分のユニークさが活かせるところで勝負しようと思っていたのでキャリアにもブルーオーシャンがあるというのは納得できました。例えば同級生が何十人も入って行くコンサルティングファームは従来のコンサルティングファームの評価基準のもとでMBAホルダー同士が競争するレッドオーシャンであり、これまでに誰もMBAホルダーが就職していない企業でMBAで学んだことを活かしてユニークな貢献ができれば社内でユニークなポジションを取ることが出来ます。後者の方が賢い選択だと思うのですが、ほとんどの人が前者の方を選択していくのを不思議だなと思いながら見ています。

本で紹介されている内容とかぶるところもありましたが本物のキム教授の話を聞くと迫力があり、やっぱりBOSってすごいかもと思いました。P5にはキム教授に直接指導を受けながらBOSを実際に適用するプロジェクトをやることができそうで、今から楽しみです。



オーケストラのアイドル
娘のオーケストラのアイドルのコリンです。
コリン

小学生の子供が多いオーケストラでは照れもあるのかあまり話をしてくれない子が多いのですが、コリンだけはいつもニコニコ挨拶をしてくれて僕の下手なフランス語にもつきあって話をしてくれました。小学校で習っている英語で話しかけてくることもあって毎回会うと不思議な会話をしています。
コリン2



オーケストラの発表会
娘も所属している我が家のSオケの第二回発表会がありました。今回は”スウェーデンの伝統的なダンス”と”ジュニアマーチ”の2曲でした。

年明けから練習してきた曲ですがなかなか進みませんでした。フランス人の子供たちは練習してこないし、2週間のバカンスではそれまでの練習の成果がすべてリセットされました。3月に入ってからの練習では先生が毎回怒りながらなんとかまとめた感じでした。

それでもバイオリン5人、チェロ4人、トランペット1人、オーボエ1人、フルート1人、木琴1人の編成が、きっちりとあわさると音量もありハーモニーもきれいなのでちょっと感動します。本番の発表では普段の練習通りに入るところを間違えた子もいましたが、元気良くやってくれました。
わが家のSオケ



ブルゴーニュで出会ったフランス人
ブルゴーニュで泊まったChambres d'hotesは人口300人なのに羊を400頭飼っている農家があるような田舎にありました。ところが行ってみると宿のリビングに村上春樹の日本語の小説が置いてあります。なんでそんな本があるのかと聞くと、日本人が宿泊すると聞いた日本に詳しい村人が貸してくれたそうです。

夜遅い時間になるとその村人がChambres d'hotesに現れました。チョーヤの梅酒をお土産に持っています。フランスの大手の石油会社で働いていて、日本には年に3-4回行き、韓国では現地法人のCFOをやっていたそうです。平日はパリで働いてきながら週末は別荘で過ごしており、その別荘がたまたま我々が宿泊したChambres d'hotesがある村でした。

子供たちが寝静まった夜中に大人だけで話していると彼が来ました。話をし始めると日本では仕事だけでなくプライベートで石垣島や洞爺湖にも行っています。新幹線とTGV(フランス版新幹線)の違いの話では”新幹線は品川と小田原に止まるでしょ”と駅名まで詳しい日本通です。日本とフランスの違いやどうすればよりコネクションを強く出来るかなどで話が盛り上がり、12時ごろに解散しました。

翌朝に庭で子供たちと遊んでいると彼がやってきました。村を案内してくれるそうです。まずは村の中心にある教会に行きました。と言っても彼は教会の鍵を持っていないので中は見れません。村の中心と言う広場をみても店は何もないのでパッとしません。教会の近くにある彼の別荘に行くと地下のカーブを見せてくれて、カーブにあるワインをお土産にくれました。ワインはシャブリのものらしいのですがラベルがついていません。ラベルやコルク栓のカバーには税金を払わないともらえないシールがつけられていて、これがつけられる前のものを農家から直接分けてもらったそうです。ノンラベルでありながら中身はこだわりの生産者のシャブリワインという貴重品をもらって恐縮です。

そのあとで羊農家に行きました。途中ですれ違う車の人に彼は必ず挨拶しています。300人の村ならではの光景でしょうか。彼が羊農家に話をつけてくれてそこにいる動物をみせてもらいました、。行くとうさぎ、鴨にがちょうもいましたがすべて食用だそうです。羊の毛も刈るようですがほとんどお金にならないそうです。羊は400頭いて村の人口よりもたくさんいます。羊農家が親切にも生後一ヶ月の子羊を捕まえてきて、子供たちに触らせてくれました。

羊農家体験を一通り楽しんでから宿に戻ったところで彼とはお別れしました。梅酒にワインももらった上に村も案内してもらっていろいろと興味深い話を聞かせてもらうこともできました。別に何も頼んでもいないのに親切にもてなしてくれるホスピタリティにあふれるのもフランス人のすごいところだと思いました。



初雪
4月になって暖かくなってきたなと思っていたら雪が降って朝起きると積もっていました。フォンテーヌブローでは寒い冬でも雪を見なかったのに。午後にはきれいな晴天で全部溶けていました。三寒四温というのはフランスにもあてはまるのでしょうか。
雪のつもった大屋さんちの屋根



Chablis(シャブリ)のワイナリー訪問
久々のブルゴーニュで、またワイナリーにも行ってきました。今回はChablis(シャブリ)です。シャブリに向かうとぶどう畑が出てきたのですが、地面が白いのです。(ブルゴーニュのコートドール辺りは基本的に赤土です。)これは大昔にこの地域は海の下であり、牡蠣などがここにいたことが影響しているそうです。当時の牡蠣などのミネラルが含まれたシャブリのワインが牡蠣にあうと言われる理由もちょっと分かりました。

実は日本にいる時にChablisにはあまりいい印象はありませんでした。味は嫌いではないのですが、Chablisということで値段も高くなりコストパフォーマンスがあまりよくない印象があります。また生産者によって差もあるようで、あまりおいしくないハズレワインにあたったこともあると思います。ただこれは今回の訪問で印象が変わりました。

行ったのはWilliam Fevreで、年間2万本も生産し日本にもサントリーを通じて輸出している大手の生産者です。予約を取って行ったので地下の生産設備や樽等を見せてもらい最後に試飲です。試飲は2006年ものをプチシャブリ、シャブリ、プルミエクリュ、グランクリュとランクを上げて行きながら飲ませてもらいました。すっきりした味わいから木樽の香りがついた濃厚な味へと変化していきます。同じ年、同じ種類のブドウに同じ手順で醸造してもこうも味が変わるものかと思いました。

実は見学+試飲で一人5ユーロと言われていたのですが、お土産に何本か買うとこの見学料は無料にしてくれました。いろいろ教えてくれる親切なワイナリーで楽しい訪問になりました。
Chablisのワイナリーでの試飲



ブルゴーニュ子連れ家族旅行
週末に1泊2日でブルゴーニュに行ってきました。今回はINSEADの同級生で子供のいる家族ばかりで5家族で大人10人子供8人のグループです。これだけの人数になると手配も大変でしたが、何とか無事に出発できました。

まずは集合して1時間ほど移動してランチにしたのですがこれだけの人数になると食事をするだけでも大変です。最初ははじめて会う人も多いので警戒していた子供達も徐々に調子が出てくると制御不能で大騒ぎになってしまいました。何とかメインを食べれたのですが、デザートを食べる余裕はなくそこでお店を出て次に向かいます。

その後に向かったのはステンドグラスの工房です。ここは日本人の方がやっておられて地球の歩き方で見つけていってみました。観光客向けの施設ではなく、もともと馬小屋だったのを改造してそこで作業をしておられました。大人も子供も興味津々で、ステンドグラスの作り方を聞いて、ガラスを切る実演もしてもらって出来上がった作品もみせてもらいました。子供達もあとでステンドグラス作りごっこをやったりしていたので、アートの心が芽生えるきっかけになったのかもしれません。
ガラス切りの実演中

その次にはワイナリーです。今回はChablisで、その中でも大手のところです。ここではまずは製造施設や地下のカーブをみんなで見学して、酒好きは試飲でその他の大人は広場で遊ぶ子供の面倒を見るとなっていました。僕は子供に面倒を見てもらいながら、じっくりしシャブリを楽しみました。

そのあとで夕方になって今回のChambres d'hotesに行きました。人口300人でお店が一件もない小さな村です。そこに村の人口を6%も増やすような大人数のグループで訪れたのです。田舎なので庭も部屋も広く、飼っている鶏やがちょうにも触らせてもらいました。近所には羊もいて、翌朝にはこれにも触らせてもらって子供たちは大喜びでした。ちょっとした動物園に行ったようでした。
Chambres d'hotesもすごくよくしてくれました。5部屋しかないので我々のグループで貸し切りです。夕食にはブルゴーニュの地元の料理や季節の素材を使った料理とこれにあわせたワインを出してくれた上に、誕生日ケーキも用意してくれました。子供たちを寝かせた後には親だけがリビングに降りてきてさらに夜遅くまで飲み直したのですが、そのためにワインやグラスを用意してくれました。翌朝には自家製ジャムの朝食を用意してくれて、そのあとにはも何時まででも遊んでいて大丈夫だからとのんびりさせてもらった上に、お昼のレストランも予約してくれました。子供たちは大騒ぎで迷惑だったのではと思いますが、いやな顔一つせずに見送ってくれました。
Chambres d'hotesの暖炉の前でリラックス

二日目にはランチをしたあとで観光の予定でしたが、ランチに2時間半かかってしまい、雨も降ってきたことやちょっと疲れ気味だったこともあって観光はやめて帰ってきました。

大家族旅行は大変なところもありましたが、大人も子供もそれぞれに楽しむことが出来ました。大人はいろいろ観光もしたかったりもしますが、娘によるとChambres d'hotesで他の子供たちと遊べたことが一番楽しかったそうです。確かにその通りでたくさんの人が集まって一緒にのんびりと過ごせたのが一番よかったよなと思いました。
集合写真



Pre-Select
書類選考もさらに進んで毎日新たに結果を受け取っています。が、良い話はほとんどなく戦績は下がっていっています。そんな中でPre-Selectしてくれた会社からメールが来ました。

Pre-Selectというのは会社側がINSEADが作成したCVブック(全学生の履歴書)を見て、自分の会社で採用したい学生を選んで個別に声をかけてくれます。通常は会社のプレゼンテーションを聞いてから応募して書類選考を通過するとインタビューですが、Pre-Selectされるということは次のステップはインタビューになります。

僕をPre-Selectしてくれた会社は名前は聞いたことがあるけど何をしているのか知らない会社です。早速調べてみると、何もかもが素晴らしい会社に見えてくるから不思議です。この会社だけが僕の良さを分かってくれるんだと一人で盛り上がったりします。ずっとフラレ続けた時に、自分のことを好きと言ってくれる人がいるとその人が輝いて見えたのと同じ効果でしょう。

”インタビューを受けてくれますか?”とメールにあるので喜んで受けますと返事をしました。するとその翌日に”インタビューの前にディナーをやるんだけどそれにも来てくれますか?”と返事が来ました。ただで飯を食わせてくれるのかと思ってまたもや喜んで行きますと返事をしました。その日はその会社がカンパニープレゼンテーションをやる日で、プレゼンの後に選ばれた学生のみがディナーに行けるというのも優越感をさらに高めてくれます。

しかし数日たってちょっと冷静に考えたときになぜ自分がPre-Selectの対象になったのかがよく分からないことに気付きました。その会社は東京にオフィスもなく、その会社が対象としている業界の経験もまったくありません。冷静にその会社の業務内容を見ると自分が理想としている仕事か疑問もわいてきました。そうなると招待されているレストランもフォンテーヌブローで一番高いレストランじゃないことも気になりはじめました。


いろいろな思いが交錯する中でいよいよその会社がキャンパスに来る日になりました。プレゼンテーションを聞いてみるとそこがある業種ではトップのコンサルティングファームだということが分かりました。知らなかったよ。プレゼンテーションが終わってからしばらくそこでたむろしているとレストランまでの地図を渡されました。(どこにあるかは知っているけど)。

レストランは思ったよりもいいレストランでした。前菜、メインの魚料理にチーズとデザート・コーヒーで、飲み物は食前酒のキールにブルゴーニュの白ワインとボルドーの赤ワインでした。料理もワインもなかなかです。

ディナーに来ていたのはその会社の役員、若手コンサルタント、人事マネージャーにINSEADの学生が7人です。人事マネージャーが以前働いていた会社の上司を僕も知っていることなどでまずは最初に話が盛り上がりました。さらに話をしていて分かったのはこの会社は東京にオフィスをオープンする可能性があるということでした。だから自分が呼ばれたのかと納得でした。東京のコンサルティングマーケットやオフィスをオープンした場合にどのように進めるかなども話せて面白い話もできました。

行ってみるといろいろな疑問もはれてポジティブな印象を受けたのでがんばって次のステップに進んでいこうと思います。



4度目の散髪
フランスで4度目に髪を切りに行きました。以前にも行ったことのあるフランス人のお店で、今回は息子と二人でいきました。昼寝をしている息子を抱っこしていったところ30分待ちと言われたのでケースを読みながら待っていると呼ばれました。シャンプーをしてもらったあとでもまだ息子が眠っているので二人同時に切ることになりました。

美容師さん二人に親子で切ってもらっていると途中で息子が目を覚まして泣き出しました。そこからはもう大変で美容師さんもカットのスピードがあがります。こちらも泣く子をなだめるのに必死で、美容師さんに”こんな感じ?”とか”これでいい?”とか聞かれてもすべて”あ、もうそれでいいから”としか言えない状況でした。

なんとか終えて仕上がりを見てみると予定よりは短くなっているもののこれまでとあまり変わらない仕上がりでほっとしました。どんな状況でも動じずに同じレベルの仕事が出来るというのはフランス人の美容師さんもなかなかのレベルではと思いました。






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