フランスMBA&音楽留学体験記
コンサルタント歴9年の父はINSEADのMBA、バイオリン歴2年の娘(4歳)は音楽学校で学ぶべく2007年7月から約1年間フランスに行きます。一緒に渡仏する母と1歳の息子の4人でのフランス留学体験を書いていきます。


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お城のコンサートとオルセー美術館
今週末はコンサートと美術館に行きました。土曜日はフォンテンブロー城のコンサートです。会場はお城のチャペルでしたがこれもすばらしかったです。300人ぐらいは入れるチャペルですが、天井・壁に見事な絵画や彫像が並んでいます。演奏は先週に聴きに行ったConservatoire Americainの学生によるもので約20人の学生による室内楽でした。先週までは3,4人のグループを組んで演奏していましたが、今日に向けては学生全体であわせるように練習していたそうでその成果がバッチリでていました。特に2曲目のメンデルスゾーンのバイオリンがかっこよくて感動しました。

うちの家族は彼らのコンサートに毎回通っている音楽好きの家族として覚えてもらえたようで、今日演奏してくれたバイオリニストと話をすることができました。彼女はニューヨークから来ており、ずっとスズキメソードでバイオリンをやってきたそうです。ご主人がフランス人でこれからパリに住んで演奏活動とスズキメソードの先生としてパリでも教えようと思っているとのことです。今習い始めた先生ともうまく行っているのでこの先生に習うかは分からないのですが、早速連絡先を交換しました。バイオリンの先生がこちらで見つかるのかは心配でしたが、やはり現地に来てみるといろいろな人に会えて自分たちのやりたいことを実現する方法は見つけて行けるのだなと思いました。


日曜日はパリのオルセー美術館に行ってきました。オルセーはパリの3大美術館の一つであり、先週行ったルーブルの作品からすると時代を下った2月革命の1848年から第一次世界大戦の1914年までの期間を対象として、バルビゾン派のミレー、印象派のモネやルノワールやポスト印象派のゴッホ、ゴーギャンや彫刻のロダンなどの作品が展示されています。ルーブルと比べると娘の反応が全然違います。ルーブルの時は親にくっついて見て回りながら“これはこういう有名な絵だよ”と説明してやると“ふーん”と聞いていることが多かったのですが、今回は自分から“こっちの絵が見たい”と手を引いていきます。多くの人が見ている有名な絵は素通りしながらも、“この絵が好き”と自分で気に入った絵をどんどん見つけてはそこで立ち止まってじっくりとみています。モネ、ミレー、ルノワール、セザンヌ、ゴッホが特に良かったようでミュージアムショップでは自分の気に入った絵の絵葉書を選んでいました。娘が美術館をこんなに楽しむとは思いませんでした。パリの美術館はどんどんまわることになりそうです。
(写真は娘があこがれているモーツアルトの幼少期の銅像とのツーショットです。)
オルセーにいた幼少期のモーツアルトの銅像とうちの娘

日曜日はTour de Franceのゴールの日でシャンゼリゼなどのパリの重要な道に車を入れないようにしてありました。せっかくなので凱旋門まで行ってシャンゼリゼを歩いてみると、ゴールの瞬間を見ようとすごい人だかりでした。子供の食事や寝る時間を考えるとゴールの瞬間までシャンゼリゼにはいられませんでしたが、普段とは全然違う雰囲気で異様な盛り上がりを感じることができました。パリからの帰りの電車ではフォンテンブローに住んでいる親子と話をしました。10歳の男の子は2週間のキャンプに行った帰りだそうで、行く前は嫌がったりもしていたそうですが来年も絶対行きたいと言っていました。そのキャンプはすべて英語だけだったそうでキャンプの内容も英語で上手に説明してくれました。迎えに行ったお父さんも誇らしげで、フランスの子供が成長していった瞬間を見れてうれしかったです。その家には2歳の娘もいて、うちの娘が通う幼稚園に9月から通うそうです。こういう家族と一緒の幼稚園に通えると思うと、幼稚園もますます楽しみになってきました。

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フランスの銀行
フランスに行く前にフランス生活経験者から”官公庁・不動産・銀行や電話会社などの対応はひどいから覚悟したほうがいい”と言われていました。実際に今の家を探すために不動産屋や大家さん(こちらでは大家さんと直接交渉もよくあります)にメールをしても返信が来ない場合の方が多かったり、電話してもフランス語が出来ないと分かると電話を切られることがありました。(もちろん親切にいろいろ教えてくれる人もいます)。適当な対応をされたときにメールや電話ではこちらからコントロールすることが難しいので、直接会って話をするようにしています。不動産はまあスムーズに行きましたし、フランステレコムもしつこく話をしてなんとかなりました。銀行はメールでやりとりして口座も開設できたのでちょっと安心したのですが、そこからが進みません。

銀行では口座開設後にフランスに来てからCarte Bleue(カルトブルーというICカード付きでキャッシュカードとクレジットカードが一つになったもの)と小切手帳を受け取ることになっていました。しかしこのアポイントをとるためのメールを出したのに返信がありません。これは手抜き仕事のはじまりかと急いで店舗に行き、担当者と無理やり話をはじめました。“きょうはアポイントをとったか?”と不機嫌そうに聞いてくるので、“メールを送ってアポをとろうとしたらあなたが無視しました”と言うと特に悪びれることもありません。とりあえず各種書類にサインしたのですが、その日はキャッシュカードと小切手帳は渡せないと言うのです。理由はCarte Bleueの暗証番号が書かれた書類を日本に郵送したのですが、それをこちらが持っていないからです。その書類はかなり遅く発送されたためにこちらの日本出国後に届いて日本の実家には転送されており、フランスに送ってもらうことにしてありましたが1-2週間はかかります。そこで同じ書類をフランスの住所に送るようにお願いするとPCに何かを登録して手続きが完了したとのことでした。やはりこういう人相手には直接顔を見て話をした上でちゃんと仕事を終えたことをその場で確認しないとダメだなと思い、今日で用事は終わらなかったけど前進したなと思って帰りました。

ところが数日たっても手続きしたはずの書類は届きません。別の機会に他のINSEADの学生と話をしたところ、この担当者が仕事をしないと言って怒っている人がたくさんいます。メールには返信せず、電話をしても“会議中で折り返し電話をする”と言うがコールバックすることはないそうです。その担当者の上司にクレームをしても全く改善されないようでどうすればいいのか途方に暮れている人もいます。日本の基準からするとアメリカの銀行もいい加減だと思いますが、アメリカ人の同級生ですら“この担当者の仕事の態度、ビジネスの常識のなさは信じられない”と怒っています。これは大変だと思い再度銀行に行って担当者を探したのですが休みだそうで話ができません。代わりに対応してくれた人に話をすると、フランスの住所に書類を送りなおす手続きはやっていないと言うのです。やられました。結局何も対応してくれず、数日後に日本から書類が届いたので持ってってようやくCarte Bleueと小切手帳が手に入りました。渡仏直後にCarte Bleueを入手できるように手続きして来たつもりでしたが、結局約3週間かかりました。まあこういうものなのかもしれませんが、早速使ってみたCarte Bleueはとても便利。スーパーや小さな商店でもどこでもさっと使えるのでフランス人もみんな使っています。

それにしてもコンサルタント的な視点で言うとフランスの銀行の業務オペレーションは問題点が多いですが、これは改善の機会がたくさんあるわけです。業務効率を上げれば、コスト削減と顧客満足度向上は比較的容易にできそうです。また銀行で保険販売や携帯電話の斡旋もやっているようで扱える商品も自由度が高そうですが、これをうまく組み合わせられていないために商品が複雑です。いろいろな意見を聞きすぎて訳が分らなくなってしまった状態に近いです。Carte Bleueの仕組みはセキュリティ・利便性とも高そうなので他国でも使えそうにも思います。僕にフランスの銀行のコンサルティングをやらせてもらえればいい仕事が出来ると思うのですがどうでしょうか?

2週目の授業
語学学校もまた1週間終わり何人かのクラスメートは母国に帰っていきました。そんな2週目の授業はどんどんエスカレートしていきました。最初の週に自己紹介の表現をいろいろ覚えたと思ったら、今週はナント恋人を探す!練習でした。まずはテキストにあるアノンス(広告のようなもの)が恋人を探す男女が書いたもので、自分の年齢・体格・職業・性格・趣味と希望するパートナーの年齢性格などが書かれています。形容詞と男性・女性の活用などの文法を学ぶのが目的なのですが、途中からみんな文法のことはは忘れていきます。

まずは男と女を表現するのにどういう形容詞を使うかをクラス全体で話しました。みんなIntelligentとかResponsableとかいい意味の形容詞を適当に並べるだけなので盛り上がらなかたので、そこで僕が“女性はHysteriqueだ。なぜならうちの4歳の娘は毎日突然ヒステリーを起こして、僕はしょっしゅう怒られて大変だ。”と言うと盛り上がり始めます。他にはと聞かれたので“あとはCompliquee(複雑?)でMysterieuse(不可解)で理解できない。この間も妻と買い物に行って、2ついい服があったので妻がどちらの服にしようかと相談してくるので、右がいいと僕が答えると5分後に左の服を買っていた。全く理解できない”と言うとまた笑いが。男はどうだというので、“Stupid(バカ)だ。うちの息子は1歳なのに全然しゃべらない。娘が1歳の時にはもっと話をしたのに全然話さないから男はバカだと思う”というとまた笑いが。お前はとんでもない家族だなという話になり、そんなお前はどうなんだ?と聞かれたので、“形容詞はよく分らないけど、僕は話を聞かない。妻と娘がいろいろ言ってくるけど、ほとんど聞いていないんだ”と言うと大変な家族だねということで盛り上がりました。

雰囲気も和んだところで授業の後半はいよいよメインイベントで、習った表現を使って二人ペアでダイアログを作ってみんなの前で発表します。僕のパートナーはタイから来た16歳のご令嬢です。名前、年齢、職業や趣味などをお互いに話しなさいと先生から指示されて、二人の子持ちでどんな会話するのかとちょっと戸惑いましたがここはフランスなんだからと開き直ってやりました。二人でフランス語の会話を考えて準備して発表したら大爆笑でした。実際はこの倍ぐらいは話したのですが、笑いの起こったところを中心に再現します。

令嬢 : Quelle est ta nationalite ? (何人ですか)
男 : Ju suis japonais. Et toi? (私は日本人です、あなたは?)
令嬢 : Ju suis thailandaise. (私はタイ人です)
男 : Tres bien. (それは素晴らしい)←みんな笑う
令嬢 : Quelle est ta profession ? (仕事は何をしているのですか?)
男 : Je suis consultant. Je suis intelligent et responsable. Et toi ? (コンサルタントです。そして頭がよく、責任感が強いです。あなたは?)
令嬢 : Je suis lyceenne. (高校生です。)
男 : Lyceene ? Quel age as tu ? (高校生?何歳なのですか?)
令嬢 : J’ai 16 ans. Et toi ? (16歳です。あなたは?)
男 : Tu es tres jeune. J’ai 31 ans. Est-ce que ju suis trop vieux ? (あなたは若いですね。私は31歳です。ちょっと年上すぎますか?) ←みんな爆笑
令嬢 : Non, non (いえ、そんなことはありません)
男 : Qu‘est-ce que tu fait ? (あなたは普段何をしていますか?)
令嬢 : J’aime ecouter de la music R&B. Et toi ?(R&Bを聞くのが好きです。あなたは?)
男 : J’adore voyage. Je visite Thailande 10 fois. Je travaille beaucoup, 60-70 heures par semaine. Mais, je gagne beaucoup. (旅行が好きです。タイにも10回行きました。あとは仕事です。週に60-70時間働きます。しかし、お金はたくさん稼いでいます。)
令嬢 : ----(どうコメントしていいのか苦しそうな表情。)

と最後にみんな爆笑で終了です。いつもの日なら文法とか発音についてコメントされるのですが、今日に限っては“年が離れすぎているからうまくいかないと思う”(ロシア人女性)“とか”お金の話をするのはよくないと思う“(ロマンチック&乙女チックなチェコ人女性)とコメントされました。そんな中でイタリア人男性からは、”あのフィーリングならいけると思う“とコメントされました。その翌日の授業では電話でデートに誘う練習で、今度のパートナーは20歳のイタリア人の女の子です。二人で映画に行って食事をする約束ができました。実際には授業が終わったらイタリア人の女の子はさっさと教室を出ていき僕も妻と子供のもとへ帰ったのですが、軽く夢を見させてくれる授業でした。

それにしてもこんな授業ははじめてです。これがフランスなのでしょう。来週やる範囲のテキストを見ていると結婚式らしき写真が出ています。来週は結婚してしまうのかもしれません。

第1回目のレッスン
娘がフランスでバイオリンを習う先生との初めてのレッスンです。フランス留学が決まったときにフランスにいる娘のバイオリンの先生を探しました。日本ではスズキメソードでやっていたのでまずはスズキメソードのネットワークで探したのですが、フランスではあまり盛んでないようで先生の数も少なく、さらに日本語ができる先生となると見つかりませんでした。有名なピアニストで音大の教授である青島広志さんと話す機会があったときに、バイオリンなど楽器を習うのは詳細な言語表現まで理解できないとかなりストレスになるだろうから日本語で教えてくれる先生を探したほうがよいと言われていました。次にINSEADの在校生や学校の人に聞いてみましたが、INSEADの学生の子供が過去にバイオリンを習ったことはないようで何もわかりませんでした。そこでパリの日本人向けのWebサイトを見ていたら偶然見つけました。先生は日本の音大卒業後に渡仏されて在仏5年目。パリの音大でディプロマを取得された後は、ソロや室内楽の演奏活動をされている傍らフランス人や日本人にバイオリンを教えていらっしゃるそうです。幼少時代は娘と同じスズキメソードでバイオリンを習われたそうで、日本でも子供向け音楽教室で講師もされていたそうです。

昨日バイオリンの先生との1回目の正式なレッスンがありました。日本のスズキメソードで習っていた時には、レッスン時間は1回30分弱。フランスでは1回1時間のレッスンになり、娘の集中力が続くかやや心配です。

14:00-14:30
レッスンの最初は音階などの基礎的な練習。先週の顔合わせ兼レベルチェックの際に、イ長調の音階と分散和音が宿題になっていました。先ずは宿題のチェックです。一度娘が弾いてみます。
スズキ時代は、教本(楽譜)は親が持つもので、娘は楽譜を見て先生と授業をすることは全くありませんでした。教本についているCDを自宅で何度も聴き、子供が母国語を習得するのと同じプロセスで耳を育てるのがスズキメソードの「母国語教育法」です。娘にとっては、CDと先生の弾くバイオリンの音が頼りです。(おかげで娘も音はだいぶ分かるようになっています。)
ところが今回の先生は最初から譜面台に楽譜をのせ、「この音はもっと↑(高く)」、「2と3の指をもっとくっつけると音程が安定するからここのところは注意してね」など具体的な指示をどんどん楽譜に書きこんでいきます。また、スズキでは習ったことのないリズムも先生から指示されその場で音階にバリエーションが加わっていきます。先生の口での説明では理解しきれなかったところはお手本を弾いてもらい、娘もそれに続きます。(先生にデモをしてもらった方が娘には理解しやすいのです。)
今後は、音階など基礎練習用の教材『プチパガニーニ』を使っていくそうです。まだ音符の勉強中ですので、音符に指順を振ったものをその場で渡されます。「ここは全部A(アー)線だから指順だけみてここまで弾いてね」と。恐る恐る娘は指示に従います。ただ思ったより上手くできたようで娘も満足気。
先生の話では、小学校高学年までスズキメソードでバイオリンを習われたそうですが、読譜を全く習わなかったのでその後とても苦労されたそうです。音符が読めるようになるまでは指順を見ながら新しい曲などを弾いていきましょうとのことでした。

14:30-14:45
課題曲。スズキ教本Vol.2よりリュリ作曲「ガヴォット」。先ずは娘が一回弾きます。一週間の自宅練習で何とか弾けるようになっていたのですが、先生からは音程等の指導が一つ一つ丁寧に入りました。音階練習同様、楽譜に書きこみながらの指導です。また、楽譜上にある記号の説明もその都度娘に「この記号分かる?」⇒娘「・・・」首を振る、、そして説明。そして娘に分かりやすいようにお手本を弾いてくださいます。スズキの先生ではこの場合、「ここんところはCDはどういう風に弾いてた?こういう風に聴こえたの?じゃあ先生の弾き方、どっちがいいか教えて?…」等と授業が進んでいましたが、今回はよりアカデミックというか音の違いを聴かせて理解させるというよりは、理詰めというか・・・実は娘にはこの方法の方があっていたのかなぁと思うときもあります。先週出された課題曲は引き続き宿題となりました。より細かい指示を受けて。

14:45-15:00
ソルフェージュ。先週はド・レ・ミを少しだけならいました。宿題は五線譜にド・レ・ミをそれぞれ5回ずつ書いてくること。娘は「宿題=毎日するもの」という習慣が4歳にして既についているので、律儀にも毎日5回ずつ書いていきました。その甲斐あってか、先生の確認テストは難なくクリア。そしてファ・ソ・ラの宿題と、先生お手製の音符マッチングクイズを宿題として頂きました。五線譜も、先週の宿題では書くスペースがなくなってしまったので、母が五線譜の裏側に線を五本引いてあげたのですが、先生が予備の五線譜をくださったので、今週は思う存分練習できそうです。

こんな具合でレッスンが進み、無事1時間のレッスン終了。新しいこと尽くめで緊張していたかと思いきや、帰りの車の中では「日本のスズキの先生とやり方が違うけど楽しかった♪」と声が弾んでいます。出国前はボイコットとも思えるような態度でバイオリンを弾きたがらなかった娘ですが、今では「上手になりたいからフランスの先生のところには週3回ぐらい行きたいなぁ・・・」と。(お月謝が大変なのでそれは却下ですが・・・)

先生とお会いして娘も以前のようにやる気を取り戻してきたようです。先生から出されたソルフェージュの宿題や課題曲(スズキの教本を当面はそのまま使うことになりました)、音階の練習なども自ら進んでやるようになりました。特にスズキでは全く習わなかったソルフェージュは面白いようです。フランスでは子供向け音楽教育はまずソルフェージュからだそうで、楽器を習ったりするのは5~6歳になってからのようです。その点、娘は珍しい存在のようで、こちらの方々から驚かれます。「トレビアーン」と褒めてくださいますので、娘もうれしいようです。

こうすれば受かるMBA 2007
MBA受験生の間では有名なサイトになっている“こうすれば受かるMBA 2007”に僕のMBA受験体験を書きました。受験の時にはこのサイトには大変お世話になりました。どうしてよいのか分からずにいるときに、諸先輩方の体験を参考にしていろいろなやり方を試してみましたし、つらかったときに勇気づけられもしました。僕の体験記もよかったら見てやってください。

http://sky.geocities.jp/kousurebaukaru2007_owner//author12.html


公園デビューと大家さん
お子さんをお持ちの方なら分かっていただけると思いますが公園デビューは親にとっても子にとっても緊張します。こちらに来てから生活準備などでバタバタしていて遅くなりましたが、いよいよフランスの公園デビューの日がやってきました。場所は先日のコンサートが行われた公園です。行ってみるといました、フランス人の子供と親たちが。万国共通なのか子供たちは遊具で大騒ぎ、親同士はまわりのベンチで座って話しています。子供も大人もそれぞれにグループができあがっているようでなかなか入りづらい雰囲気です。

親と娘は緊張気味のところで、まずは恐れを知らない息子が先頭を切って誰も使っていない遊具へと向かっていきます。娘が続き、親もついてきます。4人で遊んでいると楽しそうと思ったのかフランス人の子供たちもよってきます。幼稚園から小学校低学年と思われる子供が中心で、フランス語で話しながらごっこ遊びをしているようですが何をやっているのかはよく分かりません。しかし子供同士は何だか通じるのか順番にすべり台をすべったりしながら遊んでいます。父はパリでならったフランス語を使ってとりあえず名前を聞いていましたが、子供たちがあぶないことをしはじめると“あぶないからそれはやめなさい!”と日本語で叱っています。(フランス語でこの表現はならっていないようです。でもちゃんと通じたのか子供たちはやめていました。)

そんなことをしているともともといたグループに属していないと思われる親子も公園にやってきて、その親子がうちの子が遊んでいる遊具に近づいてきたので話し始めました。母は最初のほうで子供の年齢と通う幼稚園の話はできました。娘が通う幼稚園のことは知っていて、評判はよいとのことで安心しました。そこから先はフランス語が分らなくなったのか母は子供達と遊んでいましたが、父はその親と30分ほど話をしていました。パリのルーブル美術館に行ったとか、マルシェで買い物をしたとかどこの公園に遊びに行くかとかそんな話をしていました。最後は魚の話になったようで、マルシェの魚は高いからスーパーに買いに行くと言われたようで、それに対してわが家は新鮮な魚が欲しいからスーパーではだめでマルシェで買うと切り返したようです。日本にも興味を持ってもらえているのかそんな他愛のない話で盛り上がっていました。

子供たちはまだ帰らないと言ったのですが、夕方で晩御飯の時間も近付いてきたのでその場に残っていた方々に挨拶をして帰りました。フランス語が不十分なのでまだ深い話はできませんがとりあえず無事に公園デビューは終えました。

その翌日の夕方には隣に住んでいる大家さんの庭で遊びました。大家さんのところには3歳の男の子がいて、庭には彼のおもちゃの家とトラクターがあります。娘は彼と一緒にお家でお料理ごっこ、息子はトラクターに乗って運転のまねをして遊んでいました。娘と男の子は、娘⇔父⇔大家さん⇔男の子と間に二人も挟んで話をして遊びはじめましたが、次第に二人だけで遊ぶようになりそれぞれに楽しんでまた遊ぼうと言って帰ってきました。娘もフランスの環境にも慣れてきてフランス人の子供と遊ぶことが出来るようになっているようです。言葉が通じなくてもはじめて会った子と一緒に楽しい時間を過ごしてこれるなんて我が子ながら感心します。その間に親同士の話で近所のことをいろいろ教えてもらいました。近くには昨日行ったのとは別のいい公園があるようです。子供服をあまり日本から持ってきていないことを話すと、息子用に3歳の男の子のおさがりをもらえることになりました。フランスで服を買おうと思っていたのでとても助かります。大家さんのおかげでフランス生活がさらに楽しくなりそうです。
フランスの公園にて



クラスの中での役割
今週になって韓国人が帰国し、イタリア人とメキシコ人が加わったので13人のクラスになりました。このクラスメートの中での僕の役割も何となく決まってきました。きょうは授業でフランス語の早口言葉をやることになりました。先生が早口言葉を黒板に書いて3回読んだ後でみんなに向かって“さあやってみましょう!!、出来ますか?”と聞きました。クラスメートはみんな緊張で雰囲気が固くなっているところで僕が“Non, Non, Je ne comprends pas.”(いいえ、分りません)とニコニコしながら言うと大爆笑。先生はそんな僕を1番にやれと指名し、僕はとにかくチャレンジです。発音を直されながら3回も言い直してなんとかクリア。次の人からはリラックスして僕よりも上手に早口言葉を読んでいきます。

そのあとで二人でペアを組んで、教科書の問題を解きました。今日の僕のパートナーは今週からやってきたメキシコ人。彼女は昨日の授業では全くついていけず、昨日彼女が組んだスペイン人とのペアワークでは何をするのか分からなかったようで一人で違うことを言っていてスペイン人も困っていました。きょうも授業の前半でペアワークをすることになりました。先生の指示を受けてさあはじめようかと思って様子を見ると、教科書の違うページを開いています。そうじゃないと説明しようとするのですが僕もフランス語ではうまく説明しきれず困っ、となりのペアを見るとちゃんとやっていたのでそれを見ろというとやっと彼女も分かったようです。それからはじめたのですが半分も出来ないうちに時間切れ。

授業の後半でもう一度ペアワークの機会がありました。先生の指示を聞いて彼女を見ると分かっていなさそう。とは言え僕にも説明は難しい。そこで先生を呼んで、“Je ne comprends pas.”(分かりません)と言うと、先生は僕の意図がわかったようでもう一度今度は具体例をつけて説明してもらいます。それでも彼女は分らなかったようなので、先生の説明内容と具体例をもう一回僕が説明して最初の課題を一人でやってみました。これで彼女も完全に理解してくれたようで、そこから先の問題は二人でちゃんと出来ました。二人の回答を発表すると“Tres bien.”と先生にも言ってもらえました。彼女もうれしかったようで、授業の後で“Mercy”(ありがとう)と言われました。

フランス語が出来ないなりになんとかチームには貢献できるようになってきました。僕の目指すところはこういう多国籍チームでリーダーシップを発揮できるようになることなのですが、そこまではまだ到達できていません。こういう機会を活かしてもっとがんばろうと思います。

教会とお城と公園のコンサート
先週は金・土・日と3日続けてコンサートに行ってきました。まず金曜日はパリにある教会でのコンサートです。会場はシテ島にある1248年に完成したSaint Chappleの礼拝堂です。ここはステンドグラスで有名で、天井と床以外はステンドグラスで囲まれており、ステンドグラスで1134の光景を描いてありますがこれを全部見るのは大変な数です。曲はヴィヴァルディの四季とパッシェルベルのカノンで、二人とも教会音楽家です。演奏はバロック音楽専門にやっている弦楽四重奏+チェンバロのグループです。聞いてみるとヴィヴァルディの四季をずっと演奏しているそうで、聞いてみると“これって僕たちの曲だからこれでいいんだよ”って雰囲気を出しながらの演奏でこんな曲だったっけ?と思うときもありましたが、でもそれはそれでいいと思わせるすばらしい演奏でした、。教会の音響もあんなによいと知りませんでした。ステンドグラスから漏れてくる光も幻想的で、会場・曲・楽器・演奏家が揃って17-18世紀の教会にタイムスリップさせてくれたそうでした。ヴィヴァルディもパッシェルベルもこれらの楽器で、こういう場所で演奏されるために曲を作っていたわけで、ある意味では本物の音楽に触れることができたわけです。

土曜日はお城のコンサートです。フォンテンブローには世界遺産に指定されたお城があり、ここにはナポレオンもよく来ていたそうです。お城のゴージャスな1室で行われたコンサートではConservatoire Americainの教授の演奏が聴けました。Conservatoire Americainは音楽、美術、建築を学んでいる主にアメリカの学生が来る夏季学校です。1921年から行われおり、若かりし日のレオナルド・バーンスタインも来ていたそうです。曲はラヴェル、ドビュッシーとHonegger(誰?)とフランスで活動した作曲家を選んだと言っていました。全曲とも聞いたことがない素人受けしない選曲と演奏技術は正統派でさすが教授で立派な音楽でした。

日曜日は公園のコンサートでした。公演はAvonの駅の裏手にあり、うちからも歩いて20分ぐらいです。はじまるまでは公園の滑り台でフランス人の子供たちにまざって遊び、時間になってみると街のどこからか集まってきた数百人の観客で椅子席は取られていたので芝生に座って聞きました。演奏は昨日のConservatoire Americainの学生でしたが、学生とは言え何人かはプロ級の実力ですごく個性的で気持ちの伝わってくるクラリネット奏者や、学生らしく一生懸命かつ伸び伸びと勢いのよいピアノ奏者など、それぞれの個性が伝わってきて面白かったです。幸いにも天気にも恵まれ、きれいで開放的な公園でいい音楽が聞けてすごく気持ち良かったです。

娘にとってもこれまでのコンサートはコンサートホールで行われるものばかりで、最初に“クラシック音楽は難しいものではないので、みなさん楽しんでいってください”とあいさつをされることが多くありました。これは日本ではクラシック音楽は難しいものであり楽しむのではなく勉強するものと思っている人がまだ多いということではないかと思っています。それがこちらでは様々な場所・シチュエーションで音楽を自然に楽しんでいます。娘にとっても今回のような場所で音楽を聞くのははじめての経験でしたが楽しかったようで、こういう経験をこちらにいる間にたくさんして音楽を楽しさをもっともっと知って欲しいと思っています。

公園のコンサート



マルシェ(市場)
フォンテンブローの街には火・金・日の週3回マルシェ(市場)が開かれています。行くとおもしろくてついつい買ってしまいます。いろいろな食べ物を指さしてフランス語でQu’est-ce que c’est?(これはなに?)と聞くと説明してくれて単語が1つか2つしか分かりませんが、身振り手振りで調理法もなんとなく分かるので試してみたくなって買ってしまいます。チーズ屋やオリーブ屋ではQu’est-ce que c’est?を連発していると途中からは、一切れずついろいろな種類を試食させてくれました。数字も覚えてちょっと聞き取れるようになったので、値段も間違えることが減りました。

マルシェではオリーブ(3種類)、チーズ(2種類)、ムール貝、小エビ、マグロ、シイタケ、キノコ(名前は分らないがオリーブオイルでいためるとよいらしい)、パプリカ(黄)、ズッキーニ、ナス、トマト、カブらしき野菜とハーブ類を買ってきました。今日の夕食は、野菜とハーブは煮込んでラタトゥイユになりました。マグロは生でも食べたのと、オリーブオイルでキノコと一緒にソテーして食べました。カブは紫色で葉っぱは根元から完全に切り落とされていますが、形と匂いは間違いなくカブ。一皮むくと中は真っ白で日本のカブと同じでした。早速このカブで簡単なスープを作ってみたところ、息子は喜んで食べ始めたものの、警戒心の強い娘はカブ好きにもかかわらず最初は食べようとしませんでした。そこで、彼女が1歳半の時に『大きなカブ』の絵本が大好きで何度も読んであげていた話などをしていると「食べてみる」と恐る恐る一口。顔がやっとほころび、そして見る見るうちにお鍋のカブは子供たちの胃袋へと消えていきました。フランスの食生活はなかなか楽しいです。

マルシェのチーズ(お店さんにはこの5倍ぐらいの種類のチーズあり)



Alliance Francaiseのクラスメート
パリのAlliance Francaiseに通って1週間になりますが、欧米人はあっという間にフランス語を理解してどんどん力をつけていきます。初日は僕のほうが分かっている部分もあったのですがあっという間に追い抜かれてしまいました。僕は4時間の授業に加えて行き帰りの電車や家でも予習・復習でさらに5,6時間ぐらいはフランス語に触れて自分なりに力はついた感はあるのですが、さらに努力しないと彼らにはついていけないようです。

1週間たってクラスメートのことも分かってきました。みんな母国語+英語(さらに他の言葉が出来る人もいます)が出来てさらに他の言語を学ぼうという時点でインターナショナルなマインドがしっかいりしており、授業の中でこれまでに行ったことのある国やその国の印象を話した際もそれぞれの国を相対的にとらえて上で各国のよいところを見つけられているのは年齢とは関係なく成熟した感じがして僕は好きです。初日はみんなフランス語でしゃべろうとしたものもComplegte Beginnerレベルではほとんど会話が成立しないので、休憩時間は共通言語である英語で話しています。フランス語はその次に位置付られるようですが、フランス語を将来どう使うかはまだよく分らない人も多く、具体化されているのはファッション関係の人ぐらいでした。フランス語が出来るとかっこいいというのはみんな思っているようですが、使い道は英語ほどは広くないように思いました。

それと僕はこれまでアメリカ系の会社で働くことが多かったので、ここではアメリカ人もその他の国と同列に扱われているのが新鮮です。アメリカの会社にいるアメリカ人はマジョリティであり他の国の人がいてもアメリカのやり方でことを進めていきますし日本に来ているアメリカ人もアメリカ流で話を進めようとする人が多くいますが、ここではそうは行かないのかおとなしくしています。他国の人のやり方を見て探りながら動き、休憩時間には端っこで固まっている姿を見ると違う世界に来た感じがします。

しかしそれよりも驚いたのはタイ人の女の子です。僕は仕事で10回近くタイに行ってタイ人とはたくさん話をしてきましたが、今までに見たことがないタイプなので初日から不思議に思っていました。今日話をしてみると、タイの有名なアパレルメーカーのご令嬢で幼少の頃からインターナショナルスクールに通っているから英語も完璧で、日本にも何度も行って原宿で買い物して箱根の温泉に行くそうです。パリではファッションデザインの学校に通う片手間にフランス語もやっています。朝も寝坊して遅刻してくるし、ファッションデザインの学校があるからと早退していくので授業も半分ちょっとしか受けていません。計算してみるとフランス語学校とデザインの学校と宿泊費を足すと彼女は1日でタイの工場労働者の月給相当額を使っています。僕は他人事ながらもったいないと思いますが、パリの学校は親が勝手に手配したことなので彼女は別に気にしていません。彼女は16歳で、まさか年が僕の半分のクラスメートと勉強する日が来るとは思いませんでした。

また来週からの授業では彼らに置いて行かれないようにがんばろうと思います。


フランス(パリ)
我家から1時間で行けるパリは平日の語学学校や週末などを使ってよく行っていますが、驚くのがこの街の都市のつくりです。凱旋門を中心にしてまっすぐな大通りが伸びており、特にルーブル美術館までの幅100m、長さ7kmの道はパリの歴史を物語る施設が配列された“パリの偉大なる軸”と呼ばれています。かたつむり状に展開されている1区から16区までの区切りも見事です。調べてみると19世紀にクーデターによって権力を得たナポレオン三世(ボナパルトの甥)の時代にオスマン男爵によって大規模な都市改造が行われたそうです。中世の入り組んだ路地をつぶして、凱旋門や広場から放射状に道幅の広い大通りを東西南北に通したことによって交通網が整備されパリ市内の物流機能が大幅に改善されたそうです。また新進気鋭の建築家を登用してルーブル宮、新オペラ座などを建設し、上下水道、ブローニュの森の公園、アパート、市場も作り現在のパリの街並みの基礎を完成させました。20年がかりのプロジェクトであり、150年後の現代でも合理的かつ景観にも優れていると感じるような街を作ったビジョンと、その当時でも2000年の歴史があった都市でこのビジョンを実現した実行力に敬服します。

僕もコンサルタントとして企業の改革のお手伝いをさせてもらってきました。その時に必ずついてくるのが現状を変えることの難しさです。戦略的な方向性やビジョンは合意できても、現場を変える具体的な案を提示すると大騒ぎになります。 “そうなればいいのは分かるけど、現場はそんなに単純じゃない。この場合はどうする、あの場合は、、、”などの意見がいっぱいでてきます。都市計画の例で言えば“道がまっすぐになればいいなと思うけど、うちは代々ここに住んできたんだから絶対に立ち退かない。”とか、“その大通りはもうちょっと曲げてうちの店の前を通してくれ”みたいな話です。こういった意見はそれぞれには意味があって尊重すべき点もありますが、一方でそれぞれの意見をつなぎ合わせてもそれぞれの範囲での部分最適の集合になってしまい、全体としてのパフォーマンスはむしろ悪化することもあります。大きな改革を成し遂げるには、現場の意見を吸い上げることも大事ですが、やはり大きなビジョンは示してこれを現場の人に納得してもらって展開していくしかないのかなと思っています。

きっとパリの都市改造も大変だったんだろうなと思います。人が生活している都市を改造するのは僕がやってきた仕事とは比較にならない規模の関係者を説得していく必要があります。それを乗り越えて最後にはまっすぐな道を何本も通していったパリの都市改造のような改革をいつか成し遂げたいと思いながら、パリの街を散策しています。


学校選択
出国前にこれからビジネススクールを受験しようとしている方からどの学校がいいのかを聞かれたので、“B大学、C大学、D大学にしたら“と答えました。”何で?”と聞かれたのですが、酔っ払っていて面倒くさかったので“ただの勘”と答えて別の話題に移ったのですが、あとで振り返って悪いことをしたなと反省しました。そこでなぜそれらの学校の名前を出したのかを書いておこうと思います。

多くのビジネススクールではリーダーを育てると言っています。ただリーダーと一口に言っても新しいアイディアを次々と出すタイプ、混乱した状況でも最後までやりきる実行力に強みのあるタイプ、自分で先頭に立っていくタイプ、冷静に状況をみて的確な判断力に強みのあるタイプなどなど一言で説明できないいろいろなタイプのリーダーがいます。またビジネス領域でも大企業やベンチャー企業のファイナンス、マーケティング、オペレーションなど様々な分野で活躍しているリーダーがいます。各学校が育てようとしているリーダーもそれぞれ異なっており、それぞれの学校が定義している“リーダーシップ”をよく見てみると学校が育てようとしているリーダー像や、そのために作っているカリキュラムの特徴が見えてきます。ちなみにINSEADはグローバルに活躍できるリーダーを育てようとしていると僕は思っています。これはキャンパス(フランスとシンガポールに2つある)、カリキュラム、アドミッションの方針、在校生・卒業生のキャラクターなどの様々な面で表れていると思います。

学校選択に関してはこういう思いがあったうえで、僕はその方の過去の実績、性格やこれからやりたいことを聞きながら、その方の将来のリーダーシップ像やそのために必要なトレーニングを考えたときにB,C,Dの3つの大学があうのではと考えたわけです。もちろん僕もその方のことを十分に知っているわけではないですしお薦めした学校もちょっと調べたレベルなので本当にうまくいくか保証はできないのですが、ただの勘だけではなく一応僕もちょっとは考えがあったので参考にしてもらえればと思って書きました。

ある日の食事
Avonの家に入居してから1週間が経ちましたがほとんど外食はしていません。理由は2人の小さな子連れだと大変なのと、高いことです。家族4人で外食すると安いところでも20ユーロ、普通のビストロに行くと40ユーロぐらいしてしまうのでこのユーロ高の中で渡仏してきた私費留学生にはなかなか行きにくいです。そんなこともあって自宅で3食作って食べていますが、これがなかなかイイ感じです。食材は近くにあるスーパー(徒歩3分)か、フォンテーヌブローで週に3回開かれるマルシェ(市場)で調達します。マルシェでは肉屋、魚屋、八百屋だけでなくチーズ屋、ハム屋やオリーブ屋なんかもあってさすがフランスです。さばやいわし、シイタケ、ねぎなどがあるので和食も作れますが、日本だとあまり見ない野菜や果物もあって面白いのでいろいろ買ってきてバターやオリーブオイルで味付けしてフランス風にして食べたりもしています。

食材の値段は肉や魚はあまり日本と変わらないか高めの感じがしますが、チーズ、パンや一部の野菜は日本よりもかなり安いです。特にチーズは日本より安くて種類も多いのでこちらにいるうちに一通り試してみようと思っています。またスーパーでもマルシェでも基本は量り売りなので、見慣れない食材も果敢に挑戦していきたいわが家にとってはありがたいシステムです。水も思っていたほど悪くありません。飲料水は日本でもお馴染みのエビアンやビッテル、ボルビック等が驚き安価で購入できます。お茶や麦茶より水が好きなわが家にとってはありがたい限りです。

あとは家のキッチンが料理を楽しくしてくれます。日当たりがよくキッチンの高さが日本よりも高いので料理していても疲れません。備え付けの調理器具にもチーズおろし器やニンニク潰し器(?)などがついているのでいろいろ試しています。ちなみにある日の食事です。

朝食
レタス・トマト・オリーブなどのグリーンサラダ、マッシュルーム・玉ねぎハム入りのミモレットチーズのオムレツ、カマンベール・ハム・野菜をバゲットに挟んだサンドイッチ、クロワッサン、パンオーショコラ、メロン。

昼食
トマトソースのペンネ、サラダ、朝食のバゲットの残り、イチゴ。

夕食
レタス・トマト・オリーブ・チーズなどのサラダ、じゃがいも(粉ふきいも風)、タラとイカのバター焼き、野菜いため(ナス・マッシュルーム・玉ねぎ・ズッキーニ)、現地調達のご飯(日本米に近い!)、ラ・フランス。

こうやってみると和食でもフレンチでもなく、フランスの食材を使ってわが家流の食事をしている感じです。日本から米、そば、かつおぶしなどを持ってきたのですがあまり恋しくならず、フランスの食生活を自分たちなりに楽しんでいます。食材がいいと味付けはシンプルな調味料で十分楽しめます。小さい子供もいるし食生活がもっと大変になるかと思っていましたが、この分なら何とかなりそうです。


ごっこ遊びとロールプレイング
4歳の娘はごっこ遊びが大好き。大人には見えない娘のお友達が必ずいて、日本で仲良くしていたそのお友達たちはどうやら一緒にフランスに入国していたらしいのです。しかも最近になってそのお友達たちは日本に帰国してしまったらしく、現在の娘の親友はフランスで知り合ったアメリカ人の“キッシュちゃん”。キッシュちゃんと娘はいつでも一緒に遊んでいます。買物に行く時に手をつなごうとすると、「左手はキッシュちゃんとつないでいるからつなげないの」と拒否されることも・・・。当然キッシュちゃんは心がきれいでない大人からは見えない存在です。

ここ数日で分かったのですが、娘はキッシュちゃんとフランス語を使ってごっこ遊びをしているのです。学校ごっこをしながら「皆さん、今日はフランス語のあいさつの授業です!Bonjour(ボンジュール)」「先生のあとに続いていってくださいね。Je m’appelle (娘の名前)」「さぁ皆さん一緒に歌を歌いましょう!Chanton ensemble」などです。語学学校に通う父に毎晩教えてもらうフレーズをごっこ遊びのなかで何度も何度も口ずさんでいるのです。新しいフレーズをすぐにロールプレイで使っているわけで、語学学習としてはもっとも効果的な方法だと思います。

考えてみると日本語もそうやって覚えてきたのかもしれません。耳で聞いた大人の口調を真似しながら…。銀行に連れて行った日はその夕方銀行ごっこをしているし、病院で受付の人と話した内容もその日の夕方ごっこ遊びで登場していました。幼稚園の先生の口調に似ていることもよくあります。限られたフラ語のフレーズですが飽きずに何度も繰り返すので、今では家族の誰よりもすらすらとスムーズに自己紹介ができるようになっています。娘は引っ込み思案なのでなかなか人前ではごっこ遊びでしているように堂々とは自己紹介しないのでしょうが、9月から始まるフランスの幼稚園生活では彼女の耳にどんなフランス語が聞こえてくるのか・・・。ごっこ遊びが楽しみです。(親もフランス語がんばります!)


パリのフランス語学校
今週から3週間、パリにあるAlliannce Francaiseのパリ校に通います。Alliance Francaiseは直訳すると“フランス同盟”で語学学校とは思えない名前です。これはフランス語教育を世界の隅々にまで提供することによってフランスの価値観や文化を紹介することを目的に国家的な取り組みとして行われていることからきているようで、140カ国、1,000ヶ所以上の学校で30万人以上の生徒がいるそうです。日本にも名古屋、大阪、札幌、仙台と徳島に学校があります。日本の外交を考えたときにAlliance Francaiseのように日本語を海外で普及させる取り組みを進めるべきという意見も出されています。

パリの学校はサンジェルマン・デ・プレにあり、我が家からは約1時間30分なのでなんとか通学圏内です。学校全体では教室が30ほどあり、それがほぼ満員なのでかなり大きな学校です。僕は月曜日から金曜日の9時から13時まで週20時間のIntensive Courseをとりあます。朝、受け付けに行ったらいきなり早口のフランス語で話をされて全く分らなかったためにレベル判定テストなしでComplete Beginnerコースに行くことになりました。クラスは11名で、その出身国は韓国、中国、タイ、パキスタン、イタリア、スペイン、チェコ、ロシア、アメリカと日本の計10カ国で、アメリカ人が二人いる以外は全部違う国です。職業も学生、政府の役人、コンサルタントや芸術家などでこれもあまり重なりません。予想以上にDiversityのあるクラスメートでうれしいです。

初日の授業は自己紹介、各国の呼び方、授業の中で先生・生徒がよく使う表現や数字の読み方で終わりました。日本で既にやった内容が多かったのですが、先生の指示・説明が理解できないことが多いので何をすればいいのか分からず困りました。フランス語は隣国のイタリア人やスペイン人にとっても難しいようで発音、文法や数字の読み方もしょっちゅう間違えています。彼らでも難しいのかとちょっと勇気づけられますが、発音を一番直されるのは僕なのであまりえらそうなことも言えません。そんなこんなで4時間の授業が終わった時には疲れはてた帰り道で、18歳の初めての海外旅行でアメリカの語学学校に行った時のことを思い出しました。あの時の英語の音に対する学習は300-400時間ぐらいだったので今の僕のフランス語の音に対する反応と同じぐらいです。明日何時に来るとか宿題はあるのかを説明されても何も分らず、何度も聞き返したうえにあとでクラスメイトに教わりました。あの時と違いがあるとすると何も分らない言葉の闇の中にいるようなレベルでも必死にもがいていけば3週間ぐらいで光が射してきたことを経験しているので、分らないことや間違えたことを気にせずにとにかく前に進もうと思えることでしょうか。


MBA受験のクライテリア
先日はある知人からMBA受験に関して”TOEFL、GMAT、エッセイ、推薦状、インタビューが大事みたいだけどどうすればいいか?”と相談を受けました。確かにいろいろな予備校が受験をこのようなやることベースで説明をしているのですが、僕のコンサルティングの経験からもこのアプローチはあまり効果的でないと思います。(僕も仕事でもMBA受験でもつい最近までは同じようなアプローチにはまっていましたが。)最近はこのようなやること(手段)のアプローチでなく、目的ベースのアプローチで考えるべきだと思います。もうちょっと具体的に言うとビジネススクールではアプリカントを評価するクライテリアを明確に言っているのでこれに答えることが必要です。例えばINSEADでは以下のようになっています。

-Academic Capacity
-Professional Experience and Managerial Potential
-International Outlook
-Ability to Contribute to the INSEAD Experience

INSEAD合格にはこの4つのクライテリアに対して高い評価を得ることが大事であり、そのためにTOEFL、GMAT、エッセイ、推薦状、インタビューという手段をどのように活用するかと考えたほうがよいと思います。参考までに僕はこの4つのクライテリアに対して以下のように取り組みました。

Academic CapacityではまずはGPAが低かったので、GMATとエッセイなどでこれを補強することを考えました。GMATは710点取れました。その他には僕のやった卒業研究が当時の博士課程にいた留学生の研究に役立ったこと、ディベートの全国大会で優勝したこと、社会人になってからMBAホルダーが運営している学校でストラテジーとファイナンスのコースをとって受講者でトップの成績だったことを追加で書きました。これらの情報はエッセイ、レジュメやアプリケーションの中でのエデュケーションやその他の活動のパートなどの書けるところに書いていきました。

Professional Experience and Managerial Potential はレジュメ、エッセイなどで自分の過去の実績や将来性が高いことをアピールすることを考えました。僕の場合はコンサルタントだったので日本からアプライするであろう著名な戦略コンサルティングファームのコンサルタントと比べて自分の実績が優れていると言える部分を探しましたし、キャリアゴールをコンサルタントして成功することに設定していたので将来は自分がコンサルティングファームのパートナーになること間違いなしとどうやったら思わせられるかを考えました。そこで自分にユニークな実績があり、これに基づいて自分だけしか出来なくてかつニーズも大きいサービスを将来やっていくことをエッセイで書きました。また推薦状の中では僕が働いていた会社の社長からは最年少でマネージャークラスに昇進した将来の幹部候補であることと、クライアントの部長からは他のコンサルティングファームからのコンサルタントが出来なくて困っていたプロジェクトを僕が成功に導いたと書いていただきました。

International Outlookは帰国子女や海外で働いていた人がたくさんいるなかで、僕の場合はレジュメや過去の経歴に海外在住経験を書けないので困りました。ただ海外在住経験はなくとも旅行・出張や国内でも外国人との付き合いは結構あったのでこれをアプリケーションにどんどん書きInternationalなコミュニティに常に興味を持ち続けていたことをアピールしました。またエッセイの中で日本での外国人との付き合いの仲で自分の内面の変化を掘り下げて、これらの経験を通じてInternationalな環境でも十分に貢献できることをアピールしました。

Ability to Contribute to the INSEAD Experienceやっぱり日本人のコンサルタントしてINSEADのコミュニティの中でアピールできるのは日本の製造業の経験ではと思ってそれはアピールしました。やはり日本の製造業、特に品質面は世界最先端を行っていると思うのでそのための仕組みづくりや海外展開に取り組んだことを書きました。またこれまで仕事を通じてコンサルティング経験がない人にコンサルティングスキルをつけてコンサルタントとして育てていくことをやっていたので、INSEADでこれからコンサルタントを目指す人をサポートできることもアピールしました。これはエッセイの中で書きました。

ちなみにTOEFLはINSEADの場合は105点以上と言っているのでこれに達しないと足切りにあう可能性があります。最低限のスコアはないとまずいのですが、逆に105点をとれればあとはあまり関係ないようでTOEFLスコアで大きなアピールにつなげるのは難しいと思います。


学校側が掲げているクライテリアに対してどうアピールするかを目的として設定して準備を進めるべきで、GMAT、エッセイ、推薦状などはあくまでそのための手段にすぎません。MBA受験に限らず目的を外して手段だけにとらわれて作業をするとがんばったのに結果が出ないということにつながりがちです。(仕事で何度もこれをやって痛い目にあってきました。)目的のために何が必要なのかを最初にきちんと見極めて計画を立てることが何事も重要かと思います。


フランス(バルビゾン)旅行
バルビゾンはフォンテーヌブローの北西約10kmのところにある小さな村です。“晩鐘”、“落穂拾い”などの名作で知られるミレーをはじめ多くの芸術家が暮らしたことで有名です。当時は風景画もアトリエで制作するのが一般的だったのですが、彼らはアトリエから飛び出してありのままの自然を描きました。また貧しい農民などの普通の人々を描いたのも彼らがはじめてだそうで、これらのことは絵画にとっては革命的だったそうです。バルビゾンでこのような芸術活動を行ったミレーやテオドール・ルソーなどの画家はバルビゾン派と呼ばれています。またミレーの晩年には、モネやルノワールなどの印象派の画家たちもバルビゾンに来ておりバルビゾン派の影響を受けたそうです。

車で走るとバルビゾンのまわりにはきれいな小麦畑が広がっています。青空のもとでどこまでも広がる小麦畑の中の並木のあるまっすぐな道を車で走りぬけるのは本当に気持ちがいいです。“落穂拾い”の空気を吸うとまた絵が違うように見えてきます。貧しい農民の農作業は大変でしょうが、収穫の時の喜びと感謝、風景の美しさ・空気のおいしさに対する感動もあったのではと思います。

森の探索は馬で行きました。子供もOKということだったので4歳の娘と1歳の息子がそれぞれ一人ずつ馬に乗り、父と母は横を歩きました。フランス人の子供2人とあわせての計4頭の馬を牧場(?)の人がひいて森の中を30分の散歩です。4歳の娘ははじめは緊張と怖さで硬くなっていましたが、後半になると姿勢もよくなり片手を離してポーズをとって写真をとったりしました。1歳の息子は手綱を握ることもできないのにきれいに馬にまたがっているからか一人でも大丈夫でした。1歳でも一人で馬に乗せてくれるなんて日本では聞いたことがなかったです。森の中に入っていくと僕たち以外は誰も人がおらず、車や建物も何も見えません。木漏れ日と小鳥のさえずりと馬の足音だけを聞きながらの散歩は本当に気持ち良かったです。

そのあとで行ったバルビゾンのメインストリートは絵画であふれていました。バルビゾン派の画家として最も有名なミレーのアトリエではミレーが実際に住んで絵を描いた場所で彼らの作品を見ることができました。また多くの画廊や若いバルビゾン派(?)の画家たちが活動していおり、そこで知り合った20代と思われる女性2人と男性1人の3人で活動しているグループのパーティに行ってきました。アルコールやスイカなどを出してくれて、いろいろな人が出入りしていました。僕も拙いフランス語で彼らの絵のこと、バルビゾン・フォンテーヌブローをとても気に入っていることを一生懸命話しました。バルビゾンの人はフランスではモネやルノワールが有名だが彼らに影響を与えたミレーなどのバルビゾン派の存在を忘れていると怒っていたり、バルビゾンは最近はフランス人よりも日本人が多くいるようだがなぜかと聞かれました。日本のガイドブックではパリから日帰りで行く観光地として取り上げられていたり、ミレーの作品が有名なのが理由ではと答えましたが実際はどうなのでしょうか。

さらにそのパーティで娘がバイオリンを披露しました。ヘンデルの“ブーレ”とシューマンの“二人のてきだん兵”を弾いたところフランス人もヘンデルやシューマンは当然知っているようでリズムを取りながら聞いてくれてとても喜んでもらえました。画家と音楽家の交流の実現でした。娘にとっても日本でやっていたことがフランスでも認めてもらえたことは自信につながったようです。

馬に乗る息子



バルビゾンの村の様子は以下のブログを見るとよく分ります。
http://blog.so-net.ne.jp/cornet/2007-07-09

パン屋さん
ここ数日は朝起きたら徒歩5分のところにあるBoulangerie Nicolle(パン屋さん)まで行って焼きたてのパンを買って朝ごはんにしています。おじいさんとおじさんがパンを焼いて、おばあさんとおばさんと小学生ぐらいの娘が店頭に立っている家族でやっているような小さなパン屋さんです。日本でもおいしいご飯や豆腐は何もつけなくてもおいしく食べられますが、ここのパンはそれと同様に何もつけなくてもとてもおいしいのです。基本のバゲットもいろいろ試したところよく焼けているほうがカリッとして好きなので、良く焼けたのを選んでもらっています。あとはCroissants(クロワッサン)、Pain au chocolat(チョコパン)、Quiche(キッシュ)とかをその時の気分で買っています。

フランスでは法律でそのお店で小麦粉をこねて焼いている店だけがBoulangerie(パン屋)と表示できるそうです。スーパーにはもっと安いパンもありますが冷凍の生地を使っているそうで、Boulangerieとは名乗れないようです。またBoulangerieは地域ごとに協定があって、順番に休みをとるので日曜日でもバカンスシーズンでも街のどこかのBoulangerieはやっているようです。Boulangerie Nicolleは火曜日が定休日で週6日間は朝は6時15分から2時間のお昼休みを挟んで20時までやっています。6時15分に行ったらもうパンが焼けているのでもっと早くから働いているのでしょう。ひょっとするとフランスで一番の働き者はBoulangerieの人たちかもしれません。フランスのパンがおいしいのはこういうBoulangerieががんばっていて、みんなが支えているからなんでしょうね。僕もフランスにいる間にBoulangerieのパンをたくさん食べようと思います。



幼稚園見学
9月から通うことになっている幼稚園に見学に行ってきました。週に何回かは子供に英語を教える先生が来るそうで、日本にいる時はその先生と電話で相談していたのですが、その先生はもうお休みだそうで英語のできない他の先生とフランス語で話をしてきました。

7月は幼稚園は休みで子供たちは来ておらず2人の先生と話をしながら幼稚園を見せてもらいました。2歳から6歳までの子供が30人ぐらいの小さな幼稚園で日本でもみたことがあるような遊び道具が多くあったり、庭にはリンゴの木があって娘も気に入っていました。子供はほとんどはフランス人ですが、イギリス人、イタリア人と日本人もいるそうです。INSEADの学生の子供もいるようです。先生は5人で英語とか音楽の先生もいるようです。フランスの幼稚園はだいたい週4日のようで、月・火・木・金に通います。時間帯は午前中だけと夕方までの2パターンに30分ごとの延長が出来るようで、うちはまずは慣れるまでは午前中だけにしました。

フランス語はやはり厳しいですね。幼稚園がいつからはじまるとか、どういうことをやるかとか、娘の好きなことも含めた簡単な自己紹介ではコミュニケーションが成立したのですが、もっと突っ込んで子供の性格やフランス生活に関して心配していることなどは伝えられませんでした。ただフランス語のできない親子に対して先生方が一生懸命に話をしようとしてくれる雰囲気は日本で通っていた幼稚園の先生と同じものを感じました。もっと言葉ができていろいろ話せたらきっと面白いでしょうね。いい幼稚園だなと思うとともにこの環境に慣れるまでは苦労しそうなので親子で頑張ろうと思います。

その日の午後には歩いて5分ほどのところにあるパン屋さんに買い物に行きました。フランスの伝統的なパン屋さんで、パンだけでなくケーキやジャムなども売っています。ここで娘が一念発起で”Bonjour, un pain au chocolat, s’il vous plait.”(チョコレートパンください)と言ったところ見事に通じてお店のおばあさんからほめてもらいながらPain au chocolaitが買えました。このフレーズはフランスに行くことが決まったときにパン屋さんのフランス語
を見て最初に教えたフランス語でした。日本でも“フランスのパン屋さんでのお買い物ごっこ”で何度となく言っていたのに実際にフランス人を前にすると怖気づいて言えずにいたのですが、今日は思いきって大きな声で言えました。おまけにchouquette(小さなシュー生地に砂糖を振ったお菓子)もくれました。娘もうれしかったようでこういう形でちょっとずつ自信をつけていってくれるといいなと思っています。



ビジネススクールに合格するために一番大事なこと
友人の友人からMBA受験に関する相談を受けました。来年の留学を目指して準備中だそうで、ビジネススクールに合格するために何が大事かと聞かれたので僕は最後まであきらめないことだと答えました。そもそも僕にとってのビジネススクール受験はこんなに大変なのかと思うことばかりでした。TOEFL/GMAT試験対策で平日の夜も土日もずっと勉強したことにはじまり、エッセイでは自分のこれまでやってきことの意味やこれから何をやりたいのかを徹底的に掘り下げて考えることをどういう結果が出るか不安な中で必死にもがいて何とか進めていったものの、受験1年目は全校からインタビューに呼ばれることもなく不合格でした。もうやめようかとも思ったのですが、でもやっぱり留学したいと思って再度チャレンジし不安な中も再度同じプロセスを経てなんとか合格を勝ち取ることができました。

受験仲間と話をしていてもやはりみんな大変な思いをしています。そんな中で途中であきらめてしまう人や自分でも完成度が低いのが分かっていながら力尽きてアプライした人が多くいましたが、やはり彼らには合格するチャンスはほとんどないと思います。最後までやり遂げた人だけに合格するチャンスが出てくると思います。逆に言えば合格率10%前後と言われる難関校でも最後までやりとげることが出来れば合格確率は数倍アップするでしょうし、複数の学校を受ければどこか合格するはずだと思います。

その方もMBAを志して受験準備を始めたもののTOEFL/GMAT対策で苦労し、エッセイや推薦状も何から手をつけていいのか分からなくて自分にはもう無理かと思っていたそうです。しかし、その方のバックグラウンドや目的意識などを聞いていると十分にチャンスがあると僕には思えました。MBAを取りたいと思ってやりはじめたのだから、やはり最後までやりとげて欲しいと思っています。


SUDOKUとAvonの家に入居
フランスにきて早速本を買いました。子供むけのSUDOKU(数独)です。SUDOKUはフランスでも人気があるようで”SUDOKU”とのタイトルで売られていました。子供むけのものなのでマスの数も少なく(3×3ではなく2×2)、数字ではなく様々なキャラクターを組み合わせる形なので子供にも楽しいようです。フランス語で説明は書いてあって読めないのですが、もともと数独のようなパズルは好きで日本とやり方は同じなので集中してやっています。ついでにフランス語の単語も少し教えてみました。こういう形であればフランス語環境にも抵抗感がなく入って行けるようです。

ところでこれから1年間住むAvonの家に入居しました。INSEADの学生は長くて1年、キャンパスエクスチェンジをする場合には数か月で引っ越していくことと、人数も学生一人から多くても小さい子供を含めて3,4人ということで不動産としては特殊なパターンなのかと思います。その結果かINSEADの学生向けの物件はある程度決まっており、その物件を学生が入れ替わりながら使っていく形になっているようです。僕が家さがしをしているときに見せてもらったところもすべてINSEADの学生が住んでいましたし、今回住むことになった家も一昨日までJuly 2007のフィンランド人が住んでいたそうです。また短期で動いていくことからほとんどの物件が家具つきです。テレビ、洗濯機、冷蔵庫、電子レンジ、食器や机、椅子、ベッド、タンスなどは一通りそろっていることが多いようです。不動産の賃貸契約も日本だと2年単位で住むことが前提とされているので、敷金・礼金・不動産屋への仲介手数料を最初に払ったり2年ごとに更新するための費用もかかりますが、こちらでは敷金に相当するDepositだけで、不動産屋に払う手数料も毎月の家賃の数%相当分を払っていきます。短期間でどんどん人が動いていけるのはこういう仕組みがあるからなんだなと思いました。

今回住むAvonはFontainebleauの隣の街で家から学校まで約3キロです。日当たりもよいきれいな家(築2年)で、電気や水道も使えたので大した荷物も持ってきていないのにいきなり住み始めることができました。不動産屋さんとは部屋別に家の状況を細かくチェックしていきました。日本でも借りていた賃貸マンションを退去するときに細かくチェックしていましたが同じようなことをやりましたが、日本のときよりも細かいところまで見た印象です。備え付けのフォークやお皿などの食器の数なども数えたのですが2日前まで住んでいたINSEAD MBA July 2007のフィンランド人が食器を残して行ってくれたようで既定の数よりもだいぶ多くありました。彼はほかにも洗剤、トイレットペーパーなどを残して行ってくれていました。そのあとで同じくJuly 2007の日本人の方のお家に行って、炊飯器や自転車を譲ってもらいました。調味料なども昨日まで使われていたものも譲ってもらったのであっという間に一通り揃いました。カルフールまでも連れて行っていただいていろいろ買い物もできました。July 2007の方々には感謝しています。おにぎりに出来るお米も見つけたので、これでお米好きの息子も一安心です。数日で生活が形になって驚きました。


フランス到着
フランスに到着しました。フランスは天気もよくオランダよりも暖かくて日本ほど暑くなく爽やかな気候でいきなり好印象です。北欧の人が夏はバカンスで南欧に行く気持ちが少しわかりました。娘がきょう弾いたバイオリンの音もよく響いていて、フランスの気候はバイオリンに合うんだねと話していました。(本当かな?)今回の旅程は子供の体調も考慮して、CDG空港近くのホテルで一泊しました。これぐらいゆっくり移動すると時差ぼけを解消しながら移動疲れをためずに行けるので家族4人とも体調を崩さずに来れています。

ところでINSEAD留学が決まって最初に学ぶことになったのはフランス語でした。INSEADでは卒業までに3つの言語を話せるようになることが求められます。僕の場合は英語と日本語で2つの言語が出来るので、もう一つフランス語を選んで一から学び始めました。卒業要件クリアの判定は試験で行われます。MBAの授業で苦しんでいるときにフランス語の勉強もするのは大変なので、授業が始まる前にその試験に合格することを最初の目標に設定しました。試験はそれなりに難しいもののある程度基本的な文法や表現をおさえたところで、過去問などの試験対策をやればなんとかなるようです。そこでまずはフランス語の初級者向けのテキストを買って勉強をはじめ、やっているうちに面白くなってきて日本で約3ヶ月やってきました。勉強しながらふと何のためにやっているのかを考えたときに、これは将来自分がどこかの国に住んで働くことになったときのための練習ではないかと気づきました。

INSEADはグローバルに活躍できるリーダーを育てるための学校だと僕は思っています。そのためにはどんな国で働くことになっても、現地の人とちゃんとコミュニケーションしリーダーシップを発揮できるようになることが重要です。自分がそんなリーダーになるために、これから住む国の言葉をどうやって身につけて現地の人とコミュニケーションしていくかのチャレンジを今やってみようと思いました。試験をパスすることは必要ですが、それだけにフォーカスするのは違うと思っています。

日本でのフランス語学習は仕事や渡航準備もしながらなのでなかなかはかどらずにイライラしたこともありますが、よく考えてみれば将来自分が外国に行く場合も今と同じかこれよりも時間が限られた状況に置かれるはずですし、この状況でどこまで出来るかを考えるようにしました。結果的に日本での約3ヶ月で以下のことが出来ました。

1.まずはフランス語の音に慣れるための聞き流しで約300時間のリスニング
2.次に基本的な文法を理解するために薦められた文法書を2回読んで例文を筆写
3.日本での学習の仕上げとしてフランス語学校で約20時間のマンツーマンレッスン


その結果としてあいさつや売店・レストランでの簡単な注文であればできました。でもフランス語でいろいろ説明されるとほとんど分らず、何度か聞き返して最低限のことだけはやっと分かるぐらいのレベルです。リーディングは辞書をひきながらであればフランス語のホームページを読んで簡単な調べものは出来るようになりました。1,2,3やアルファベットの読み方からフランス語をはじめたにしては大したものだと思うとともに、コミュニケーションが全然とれないのは不安です。今後はフランスで生活をしながら、7月にパリの語学学校に3週間、8月にフォンテンブローの学校にも1週間通うことになっています。どこまで出来るのかチャレンジはまだまだ続きます。

オランダ
ネットにつながらなくてブログ更新が遅くなりましたが、まずはオランダのアムステルダムに到着しました。今回アムステルダムに来ているのは単にフライトの都合です。帰国日程が決まっておらずかつ1年以上先になる可能性もある中で、1番安かったのがアムステルダム経由の片道航空券でした。東京で住んでいた賃貸マンションも引き払ったので、戻る家もないなかで片道切符でヨーロッパまで来てしまいました。“退路を完全に断たれたね”とある人に言われましたが、確かに形式上はそのとおりです。

飛行機の中では上の娘が吐いたり、下の息子が熱を出したりと大変でしたがついてみると元気いっぱいに遊んでいます。子供も時差ボケはするようで現地時間の深夜1時(日本時間の朝8時)から起きてホテルの部屋で大騒ぎです。まわりのお店は当然やっておらず真っ暗で、日が昇って明るくなるまで部屋にいるしかありませんでした。今回のアムステルダム滞在では時差調整も含めた体調管理が優先で特に予定は入れておらず観光もなしでもよいかと思っていましたが、元気なのでちょっと街まで買い物に行ってみました。

外に出て気付いたのはとても寒く、気温が何と14℃。空は曇って雨が降ったりやんだりを繰り返すので気持ち的にはさらに寒い感じがしました。(普通はもっと温かいそうです。)そこでまず最初に買ったのはセーターでした。食事はチーズやハムなどがおいしく食べられました。肉を串焼きにしたSateなどがあるのはインドネシアの影響でしょうか。ビールが水よりも安いのは噂どおりでした。オランダ風の食事をした帰りに風車も見られたのでとりあえずのオランダ観光としてはこんなものでしょうか。

それにしてもオランダの街・国土に関する計画と実行力は大したものだと思います。車で走っていても道がわかりやすく、道と運河との組み合わせもきれいに整理されています。ずっと平地でが強いので風車は動力源としてはすごく使いやすいのでしょう。海抜よりも低いところで暮らしていくために、どうすればいいかを必死に考えて計画を立て、計画どおりに実行してきた結果であり、すごいリーダーシップとマネージメントがこの国にはありそうな気がします。また出会ったオランダ人は英語もしゃべれるか、片言でもコミュニケーションを成立させるのが上手な人が多い印象を受けました。オランダ人となら仕事で一緒になってもうまくやれそうな気がします。これはINSEADで検証すべきテーマです。


出発とフランスで父がやること
いよいよ明日日本を発ってヨーロッパに向かいます。アムステルダム経由でフランスに入る予定です。しかし、これを見ていただいている方には僕が何をしにフランスに行くのかちゃんと把握されていない方も多いようなので、書いておこうと思います。まず今回は仕事ではなく、フランスにある大学院に留学します。会社も辞めていくので収入はありません。大学ではMBA(Master of Business Administration)という修士号をとるべく勉学にはげみます。音楽は全く関係ありません。修士号はMBAに限らず2年コースの場合が多いのですが、僕が行くINSEADは1年コースなので2008年7月に卒業予定です。

行き先がフランスなのは僕が合格した学校の中で一番行きたい学校がフランスにあったからです。MBAというとやはりアメリカに著名な学校が多くあり、僕もそれらの学校も受験し、ありがたいことにいくつかの学校から合格をいただけました。INSEADとそれらの学校を比較して、今の自分に一番あうのはINSEADかなと思ったのでフランスに行くことにしました。

INSEADはパリから電車で30分ちょっと行ったフォンテンブローという街にあります。森に囲まれ、世界遺産のお城もある観光地でもあります。フランスに来られることがありましたら、是非お立ち寄りください。ただこちらは収入のない学生なので、大した接待ができないことはご了承ください。


レッスン休憩中
以前は毎日何時間もやっていたバイオリンのレッスンを最近はほとんど出来ずにいます。どうしても弾く気になれないらしいのです。次にバイオリンを弾くのはフランスに行ってからにする、とも主張しています。引っ越しでバタバタして親がちゃんと向き合ってあげられなかったからでしょうか。娘も環境の変化を感じてストレスがかかっているようです。数日前にも、”幼稚園の友達と会えなくなるのが寂しい”と泣きながら訴えられて、これは大変、ちゃんとケアしなきゃと思い、他の準備のペースも落として話をするようにしていました。大好きだったバイオリンの先生ともお別れするのがつらいらしく、出国前最後のレッスンも行かない!と。

バイオリンを嫌になった訳ではないらしく、今日もたまたま流れていたクラシック音楽を聴きながら、バイオリンを演奏するマネをして”弓の動かし方が分かるんだぁ~”と言ってみたり、鼻歌でバッハの作品を口ずさんだりするのを見ていると、「フランスに行ったらまた弾く」といっている娘の言葉を信じて今は待ってあげようと思っています。

ちなみにMademoiselle Mozartというのは娘がモーツァルトが好きで、あんなふうになりたいと言っていることからつけました。

引っ越し
本日、5年8ヶ月住んだ白金のマンションを引き払いました。7/5の出国まではホテル暮らしです。結婚を機に2人で入居し、出て行くときは子供2人が加わって4人で出てきました。引っ越し前日と当日で近所の方々に挨拶をしてまわりながら、全くのよそものだった僕たちを温かく受けれていただけていたことを改めて実感しました。引っ越しの日も、荷造りの間に子供の面倒を見てもらったり、洗濯機を貸してもらって、最後に出てきたゴミもゴミの日に出してもらうように頼んで全部預けてきました。フランスには持っていけない本棚や鏡台を粗大ゴミで処理してもらうかと思って家の前に出しておくと、フリーマーケット状態でいつのまにか近所のどなかたが持っていってくれました。白金と言うとセレブだけど冷たい人たちが多いのかと思っていましたが、気取らず面倒見のよい下町の江戸っ子のような方々が多く居心地のよい街でした。白金のみなさんには感謝、感謝です。

音楽学校探し
7月5日に家族4人で渡航の予定です。今日も最後の準備を進めているところですが、最も苦労したのが娘の音楽学校探しでした。うちの娘は3歳になる少し前からスズキメソードでバイオリンを習い始めました。フランスに行くことが決まってからは娘の準備として幼稚園探しとともにバイオリンの先生探しをはじめました。パリにはコンセルバトワールに留学している方などでバイオリンを教えてくれる日本人も多数おられ、その中で幸いにも日本・フランスで幼児向けにバイオリンを教えた経験がある先生がおられたのでこの方にお願いすることにしました。

しかしこれでは音楽留学とは呼べないのでさらに学校を探しました。フォンテンブローは小さな街だと思っているのですが、街にオーケストラも含めた音楽関連の団体が20近くありました。なんとその中に公立の音楽学校があり、しかも4-5歳向けのコースまであるのです。

早速メールを送ってみましたが、予想通り返信無し。電話してみたところ、英語はしゃべれないとつれない返事です。ためしに勉強中のフランス語で話してみましたが、相手の言っていることがさっぱり分からないのでコミュニケーションは成立せず。次に近所でフランス語の得意なお姉さんに頼んで問い合わせてもらったのですが冷たい対応のようでなかなか思うように進みません。ここでふと思い出したのが先日のMBA関連のイベントであったフランス人でした。彼に相談したところ親切にも代わりに電話してくれました。

この学校では4-5歳向けには週一回45分のレッスンで、基礎的な音楽の勉強からはじめるようです。バイオリンなどの楽器に特化したクラスは6歳以上になるようです。中学生・高校生や大人向けのコースもあるのでレベルの高い人もいそうですし、森でのコンサートなど楽しそうなイベントも盛りだくさんです。こういう場でフランス人と一緒に音楽を学べるということで本人も乗り気になりました。すぐにフランス人の友人経由で事前申し込みを済ませ、9月に学校がはじまります。これで晴れて娘の音楽留学が実現しました。娘が大きくなったときには経歴に”幼少の頃にフランスの音楽学校に留学”と書くことになりました。そんな立派なものではありませんが、一応うそではないです。





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