フランスMBA&音楽留学体験記
コンサルタント歴9年の父はINSEADのMBA、バイオリン歴2年の娘(4歳)は音楽学校で学ぶべく2007年7月から約1年間フランスに行きます。一緒に渡仏する母と1歳の息子の4人でのフランス留学体験を書いていきます。


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娘の音楽教育の成果
ようやく日本に帰国しました。ここでこの1年間の成果をいろいろな観点で整理しておきたいと思います。

娘が1年間フランスで音楽の教育を受けてみて親子とともにいい経験ができました。フランスでもトップのバイオリニストでもあるガルシア先生には音楽で表現することを教わりました。いつも陽気な先生はバイオリンの技術だけでなくバイオリンを弾きながらもっと笑顔をつくるように指導され最初のうちはよく意味が分からなかったのですが、先生のコンサートを聴きに行くと全身を使って表現するというのはこういうことだと分かりました。僕にはまだ音楽だけを聞いてその人のメッセージを理解することは難しいのですが、普段のレッスンでのコミュニケーションとあわせるとなにかがつたわってきました。この先生に会えて音楽とは何かについてこれまでとは違う定義を持っている人に出会えた気がします。

日本人の先生にもとてもお世話になりました。日本の音大を出てフランスに留学しているぐらいだからバイオリニストとして優秀なのは当然ですが、子供に教えるのも上手で娘も大好きな先生でした。バイオリンの技術だけでなく日本とフランスの違いに戸惑っていたときにそれを橋渡ししていただくこともできました。音楽家とはどういう人たちなのかや音楽家になるためにどういう努力が必要なのかなどを教えてもらえたのも今後の参考になりました。

それとフランス各地やヨーロッパのいろいろなな国でのコンサートに行ってみてクラシック音楽がより身近な音楽として楽しまれていることが分かりました。コンサートホールで行われるオーケストラのコンサートだけでなく教会、フォンテーヌブローのシャトーや公園のコンサートなどいろいろ行きました。フォンテーヌブローのような田舎の町でもとてもレベルの高いコンサートが行われています。

ヨーロッパ・フランスの人たちにとってのクラシック音楽が日本でのクラシック音楽のイメージとは違っていて、そのフランスの中で1年間過ごせたことが収穫でした。演奏技術であれば日本でも世界のトップを狙えるのかもしれませんが、それ以外の部分については日本のアプローチをヨーロッパでは評価されないように思いました。僕にとっては留学前は最も縁遠い世界だったアートの世界で生きている人と話をして仲良くできる人ができたことや、音楽を楽しめるようになれたことは大きな変化でした。


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バンクーバーのコンサート
ちょうどバンクーバーに滞在している時期にFestival Vancouverという音楽祭のようなイベントがおり、たくさんのコンサートが行われていました。テーマは”Classic, World, Jazz”でWorldは南米が多いようですがアフリカ、アジア、北欧なども出てきてかなり多彩です。

http://www.festivalvancouver.ca/

そんな中でクラシックのピアノのコンサートに行ってみました。演奏はニューヨークのジュリアードで学んだあとに演奏家として活動し現在はバンクーバーのトップの大学でも教えているピアニストで、レクチャーとその間に演奏もしてくれます。テーマは”アメリカのクラシック音楽の作曲家”です。

そのピアニストは20代後半のころにある作曲家から”音楽とは何か?”と問いかけられたそうです。このピアニストはその時にはいろいろと難しい技術論を展開したが作曲家は”音楽とは歌と踊りだ”と答えたそうです。心の底から湧き出てくる感情を歌と踊りで表現することが大事だそうです。そしてそれぞれの人によって感情を表現する歌と踊りは違います。ドイツやイタリアの人とアメリカ人では違うでしょう。それがアメリカ人の作曲家の音楽につながります。アメリカの作曲家の曲をいくつかピアノで演奏してくれましたが、ジャズなどの影響を受けたのかヨーロッパでは聞いたことのない音楽でした。

アメリカで作曲家というとやはり代表はガーシュウィンです。彼もピアノや室内楽の曲だけでなくミュージカルや映画の曲も作曲しているアメリカっぽい人です。代表作はラプソディーインブルーでジャズとクラシックを融合させた曲と評価されてもいます。のだめでも出てきましたし僕も好きな曲ですがやっぱりヨーロッパでは出てこない音楽です。ヨーロッパでも20世紀や現代の作曲家の音楽も聞いてきましたがアメリカとは違う方向に進んでいます。

作曲家との関係については作曲家の作曲した時の状況や感情を理解してそれを表現することが大事だと言っていました。生きている作曲家の曲を演奏するときには作曲家といろいろと議論し、時には自分の好きなように演奏できないので大変だと言っていました。ここまではヨーロッパでも一緒ですが違いは古い作曲家の曲に対するアプローチです。”もう死んでいる作曲家は直接いろいろ注文してこないから楽です。調べるのもWikipediaとか使えばいいし。”と冗談ぽく言っていましたがそんなことをヨーロッパで聞いたことはありませんでした。うちの娘がモーツァルトが好きと言った時には”技術的には弾ける曲もあるけどモーツァルトを上手に弾くには恋愛をしないといけない。それもドロドロの恋愛のほうがいい。だから5歳だとまだ早いかな。”と言われました。

バンクーバーでクラシック音楽のコンサートに行けば欧米の比較ができて面白いかなと思って行ったのですが、アメリカとヨーロッパのクラシックは違いすぎました。同じ曲を同じレベルの技術の演奏家が演奏するとしても表現したいものやそのアプローチが異なると出来上がる音楽は変わってくるはずです。アメリカのクラシック音楽とフランス、ドイツ、イタリアのクラシック音楽とは似て非なるものとして考えていった方がよいだろうなと思いました。



幼少期の音楽留学
フランスに来てから知ったのですがパリだけでなくウィーンなどのヨーロッパ各地に小学生ぐらいの年代でも音楽留学している子供たちが結構います。母子のみがヨーロッパに住んで子供の教育を行い、父は母国で働いて送金しているパターンが多いそうです。

ただそういう人たちの受けているレッスンの内容などを聞くとそれほど特別な教育を受けていると思えない人もいます。母国でトップになりこれ以上先に行くにはヨーロッパまで来るしかないレベルまで到達した結果としてヨーロッパに来た人はこちらでもトップの先生について勉強していたりします。このパターンでないと留学の価値はあまりないようにおもいます。

家族全員で無理をした結果として離婚なども多いようです。まずは家族が自然に過ごしその中で出来るだけよい環境を作り、十分に力をつけて子供が道を切り開いていくような形になってから留学するのがよいのではと思いました。



3日目のレッスン
この日のレッスンはイタリア人のMoccia先生でした。通訳で矢谷先生についていただきピアノ伴奏もつけてくださったのでまたもや超豪華な布陣でのレッスンです。

今回もヴィヴァルディの曲の続きです。前日までに第1楽章と第2楽章をやったので第3楽章中心のレッスンでした。ヴィヴァルディはベネチアの作曲家だったこともあって、”これはイタリア人の曲だからこう弾くんだよ”と言われ、”楽譜に書いてあるDolce(ドルチェ)はイタリア語だからこういう意味なんだよ”と身振り手振りに歌も加わってイタリア文化を教わります。

特にもっと表現にこだわるようにと言われました。やはりイタリア人は表現力が豊かで日本人のうちの娘が普通に弾くとどうしても単調な音楽に聞こえるようです。これは日本から来た音大のお姉さんにも言っていることだそうで、年齢や演奏技術とは違った日本人とイタリア人の国民性なのかもしれません。そういえば僕もINSEADのスピーチのトレーニングでは、単調でパッションが足りないからイタリア人のクラスメートを見習えと指導されました。

”ここの小節を弾く時は表情はこう!”と顔の表情まで指導を受けます。それがイタリア流の表現なのかと思ってみていると表情が変わると音も変わるから不思議です。娘もこれでイタリア流の表現をちょっと身につけたのかもしれません。

ただこのキャンプで一つ残念なことが。レッスン中にカメラを落としてしまい、レッスンのビデオ撮影や写真撮影も出来なくなりました。このブログも字ばかりで写真のないブログになってしまいます。



日本のクラシック音楽の歴史とヨーロッパ
ちょっと大げさなタイトルですが、森先生や矢谷先生とは日本のクラシック音楽の歴史についてもお話ができました。

まず僕がヨーロッパにきて感じたことはクラシック音楽はヨーロッパ、その中でもハプスブルグ家が栄えていたころのドイツ帝国やイタリアの民族音楽でもあるということです。日本人の僕は30を過ぎると演歌を聴いたときに懐かしい思いを持つことが出てきたのですが、ウィーンの人は若いうちはポップスが好きでも年をとるとクラシックを聞いたときに懐かしさを覚え自分たちのアイデンティティを確かめられるのです。

ところが今の日本のクラシック界の大御所だったりもする森先生達の世代が1970年ごろに留学された際の行き先はアメリカが主流だったそうです。例えば中村紘子さんはアメリカのジュリアード音楽院に留学されています。この方たちはどうしてもアメリカ中心の考え方でありヨーロッパの音楽界と交流のは少なくなっているそうで、フランスに留学されてヨーロッパでの人脈を作られた森先生がいろいろと努力されたもののこれは変えられなかったようです。これはクラシックに限らず日本全体がアメリカ偏重だったことにも影響されているのかもしれません。

”日本のクラシック音楽はアメリカを経由して入ってきたからおかしくなってしまった”という話は別の日本人バイオリニストの方もしておられました。アメリカはヨーロッパの文化にあこがれがあるのか必要以上にヨーロッパの文化を持ち上げて高尚なものにしてプレミアムを払っています。それを輸入した日本のクラシックも堅苦しく小難しいものでプレミアムを常に払う必要があるものになってしまったのかもしれません。(余談ですがワインでも高級フランスワインに一番高いお金を払うのはアメリカ人と日本人です。フランス人は自分たちのワインを大事にする一方でそれにどの程度の価値があるのかを自分たちで判断しています。)

これは僕もこちらにきてヨーロッパの人のクラシック音楽の楽しみ方を見て日本のクラシック音楽は何か歪んだものを感じました。作曲家やその作曲をした文化や時代背景を知ることで音楽の意味も見えてきますし、その上でもっとストレートに感じるままに音楽の本質を楽しめるようになっていけるような気がします。

森先生以降の世代は徐々にヨーロッパに来る人も増えてきて、矢谷先生のようにヨーロッパで演奏家として活動する方も増えています。日本のクラシック音楽もこれから変っていくのではないでしょうか。






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